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このときも、小間使いとしての意識をしっかりと持っていたので、その言葉が発せられたとき、不意打ちを受けたような気持ちがした。
「やめるよう言っただろう!」
いや、問題は言葉ではなく音量だった。
びくり、と体を動かして、ユリアラは思わずカルトス・ボルドウィンを見つめた。
彼は息子を見て、見間違いでなければ震えていた。
「その上で行くと言っているんだ。父さん、俺はやらずに諦めたくない」
ナタリイ・ボルドウィンが言った。
「やめてちょうだい、あなたに何かあったら…」
「大丈夫だ、どうすれば安全かを確かめるために行くだけだから」
「実際に始めれば、危険なのはお前ではないんだ!」
「そうならないために行くんだ」
「では、仮に準備ができたとしても、うちでは取り扱わない」
クランは視線を伏せて、1拍置いた。
ユリアラは、彼が口の端で笑うのを見た。
「分かった。自分で買って、自分で売る」
「お前…!」
クランは席を立った。
「じゃあ、今日中に動けるように準備していく」
そう言って、クランは部屋を出た。
「カルトス…」
ナタリイが声をかけるが、カルトスには発する言葉がない。
ナタリイはおろおろと視線を泳がせ、ユリアラと目を合わせた。
ユリアラは慌てて視線を伏せる。
がたり、と椅子を引く音がした。
「そうだわ!ユリアラ、あなた、一緒に行って、見張ってくれない!?」
「ナタリイ?」
カルトスが、何を言っているのだと声をかける。
ナタリイは、自分の考えで頭がいっぱいのようだった。
「ね、お願い。私は世間知らずすぎてあの子についていけないわ。あなたなら、きっと行けるわ」
「あの、私はただの小間使いで…」
「ええ、ええ。小間使いとして、あの子についていってほしいのよ」
「そ、そもそもどこに行くのか…」
「カザフィスよ!さっき話していたでしょう!?」
「いえ、話は聞かないのが小間使いの作法で…」
「どうでもいいわ!とにかく、あなたが必要なのよ!」
ユリアラはどうすればよいか判らず、カルトスを見た。
だが、カルトスは、思案顔だ。
「いや、存外、いい案かもしれない」
ユリアラは困惑した。
「君がいれば無茶はしないだろう。ユリアラ、今すぐ準備して、付いていってくれ」
「いえ、私…」
「たった今から、君の仕事は、クランの小間使いだ!」
命令には弱い。
面白そうだということもある。
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