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出発
朝の6時頃にボルドウィン家で朝食をいただいたユリアラは、6時半ばにクランの朝食の給仕をした。
それが終わると、玄関前で鞄ひとつを持って、クランが下りてくるのを待ちかまえる。
カルトスとナタリイも、夜の衣の上に上掛けを着て下りてくると、クランに別れの挨拶をした。
「くれぐれも無茶はするなよ」
「ほんとうに、気を付けてね」
「わかってるよ。それじゃあ」
クランはそう言ってユリアラに頷き、玄関を出る。外には馬車が待っていて、クランは先にユリアラを乗せた。
ふたりが乗ると、クランは客車内の組み紐を引いた。
客車の外で鐘が鳴り、馭者の掛け声が聞こえた。
それと同時に馬車は動き出し、ユリアラは、これが旅の始まりかと膝の上の荷物をぎゅっと握った。
「荷物は横に置くといい」
クランが言って、ユリアラは頷き、荷物を横に置いた。
「ところで、何をしに行くのかは知っているのか?」
「いいえ、存じません」
「知らなくていいのか?」
ユリアラはほんの少し考えた。
聞くのは小間使いらしくないかもしれない。
けれど、長い道中、退屈だし、少し興味が湧いた。
「何をしに行くんですか?」
聞くと、クランは少し笑って見せた。
「品物を仕入れに行くんだ」
ユリアラは、自分でも気付かぬ内に首を傾けていたようだ。
クランは考えるように話した。
「今、北港に入ってきている品物は、ハドゥガンタ経由なんだ。カザフィスのものも、サーシャのものも。ハドゥガンタを通すことで、値が高くなり、輸入しにくい」
ユリアラは頷いた。
「ああ、それで直接仕入れに行くのですね」
「そうだ」
クランは少し、迷うようにユリアラを見た。
「あまり安全な旅とは言えない。今からでも引き返すか?」
ユリアラは目を瞬かせた。
「えっ」
「安全だと言って出てきたが…、直接の輸入を嫌う者らがいて、妨害があるんだ。暴力でな。金は出すから、こちらの宿で、俺が戻るまで待っているといい」
思いがけない申し出に、ユリアラは驚いた。
そしてまず思ったのは、それはできない、ということだった。
やり遂げなければならない、という使命感ではない。
やりもしない仕事に金をもらって、罪悪感を抱えながら生きていくことに耐えられないからだ。
「それはできません」
そう言うと、クランは、ちょっと困ったような顔をしたが、分かった、と言った。
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