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直子との水曜日の定例会は、その日でちょうど一ヶ月目だった。
代官山の、マスカルポーネを使ったチーズスフレの美味しいテラスカフェに、週のうちの水曜だけ、二人で集まることにしていた。
直子も私も既婚で、直子は子供がいたが私には子供がいなかった。直子の子供は幼稚園の年少組になったばかりで、母親同士での井戸端会議やら幼稚園教諭の教育への意見交換会やら、何かと細々したことで毎日を忙しくしている。直子は専業主婦で、日々の時間が余りに余って仕方が無いようだった。その反面、私は正社員ではないパートであるものの、近所のスーパーのレジ担当チーフとして、主に平日、夜勤で仕事をし、旦那の給料とあわせて生活費諸々を工面していた。
だから正直、代官山というのは、無理をしていた。
私の夫は病気だった。
いや、病気、というのは正しくないのかもしれない。
しかしそれのせいで、本人の自尊心や尊厳というものの大部分が失われ、それが仕事面にも影響していることは確かだった。
「じゅん、そろそろ子供つくったら? もう三十なんだし。最初は疲れるけど、後々のこと考えたらやっぱ子供は作っておいたほうがいいよ」
直子はチーズスフレの上に乗った巨峰、よりひとまわり小さい――名前の分からない葡萄の一種をフォークでよけながら言った。
「そうなんだけどね、ちょっと今、まだ余裕がなくて」
「余裕がないような時にこそ作っておいてほうがいいと思うけどな。変にゆとりが出来ちゃうと、自分の時間が欲しくなるもん。忙しいのをもっと忙しくさせて、何も余計な事考えられなくなるくらいがちょうどいいよ」
相槌を打ちながら、柔らかいチーズスフレがむにゃむにゃとだらしない動きをするふたつの口で消化されていく。
「余裕がないと、いざ産まれてきた子供を愛せなくならない?」
「そんな事ないよ。お腹を痛めて産んだ子供なんだから、いやでも愛しくなるって」
「そういうものなのかな」
「そういうものよ」
その時、直子の携帯が鳴った。直子はバッグから震える携帯を取り出し、何度か受け応えをした後、電話を切った。
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