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――私は誰? 私は何? 私って何? 分からない……分からないから……誰かの居場所を奪ってしまえばいい。それが、私の存在意義になるのであれば。
「んー、いい天気だなあ」
窓を開ければ、温かな風がすうっと入り込んできて頬を撫でる。空は雲一つない晴天で、春の陽気が鼻の奥をくすぐる。隣の公園の桜の木は満開で、ひらひらと花びらが舞い落ちる様子が、二階の窓からでもよく見えた。
今日も今日とて小学校は春休み。お気に入りの黄色のワンピースを着て水色の水玉帽子を被って、今日はどこへ行こうかな。ちょっと歩いたところにある、神社の大きな桜の木でも見に行ってみるのがいいかもしれない。あそこに住みついている黒猫と茶色いぶち模様の子猫にも会いたいし。
特に入れるものもないんだけど、お母さんにこの前買ってもらった、可愛い兎のついたリュックを背負って階段を駆け下りる。ちょっと土で汚れたピンクの靴を履いて、鏡の付いた下駄箱の前でくるりと一周。うん、ちょっと寝癖はあるけど、帽子も被っているし、平気。細かいことは気にしない。
「いってきまーす」
今日は家に私しかいないけど、いつも通りに挨拶を出て玄関を飛び出す。直接浴びる春の風は……やっぱり、気持ちがいいな。
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「お姉さん、こんにちは! 何してるの?」
私が駆け寄ると、そのお姉さんはこっちを振り向いて、ちょっと目を丸くして、それから黙って私のことをじっと見つめた。あれ……なんかちょっと、反応が薄いかも。
「えっと……突然話しかけちゃだめだったかな……?」
やっぱり、普通だったら知らない人に突撃したりはしないよね。そういうのは「失礼」だって先生も言っていた。ちょっと反省して恐る恐る話しかけると、お姉さんは固まったままだった表情を少し和らげて、
「いえ、少し驚いただけです。突然話しかけられたので」
と、丁寧に答えてくれた。なんだか、とっても心地のいい、春の陽気のような優しい声をしているなあ……ってぼんやりと思う。少し儚げで、落ち着いた大人の温かさみたいなのを兼ね備えていて、学校の先生やお母さんとはまた全然違った感じの人だなって思った。そんな風に思うくらい、私の心はお姉さんに鷲掴みされそうになっていた。
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