狙われた店主

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 内側に向いていた意識を外へ向ければ、灰色の瞳が思っていたよりも近くにあって、思わずのけ反りそうになる。すんでのところで堪えたのは、今まで培ってきた危機に対する判断力のおかげだろう。こういう手合いは、反応すればする程に喜ぶのだ。  だから少年は、ただ視線を向けるだけに留めた。見ず知らずの他人にパーソナルスペースを侵されるのは酷く気分が悪いが、努めて表情を無に取り繕う。笑顔を作る方が慣れているが、ここで下手に笑みを浮かべても相手を煽るだけだ。 「おー、起きてるなぁ。いいぞ坊や、偉い偉い」  まったくそうは思っていない声音で男は笑っている。なんとなく、次に続く言葉は察しがついた。 「偉いついでに、素直にお口が利けるだろう?」  ほら、案の定。  ここに連れて来られてからずっと少年が要求されているのは、ただひとつ。頻繁に店に訪れていた、あの胡散臭い男についてのことだった。  しかし、話せと言われても困ってしまう。少年があの男について知っていることなど、名前と、得体が知れないということと、頭が少しイかれているらしいということくらいだ。そもそも顔すら判然としないような男だから、ロストという名も本当かどうか怪しい。  とにかくこんな有様なので、いくら問い詰められたところで、よく知らないとしか答えようがない。     
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