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ウィリアム(William) × シルヴァン(Sylvain)
頗る視界の悪い中、辛うじてすぐ隣にいるシルヴァンの輪郭だけが見えて、ウィリアムは咄嗟にその手を握った。細く繊細な指がきゅっと握り返してくれる。
「シルヴァン…」
「大丈夫だ。取り敢えず客室に移動しよう」
「はい…」
ウィリアムもシルヴァンも、当然船の中は把握している。いつの間にか開け放たれている扉をくぐり通路へと出ても、視界が悪い事に変わりはなかった。
他の乗客たちが慌てふためく中、ひと気のない場所まで移動した先。耳に低い呻き声が聞こえてきてウィリアムは肩をビクリと震わせた。
「っ!? シルヴァン…声が…」
「そう怯えずとも死霊など本当にいる筈がないだろう」
「で、でも……うう…こういうのは苦手です…」
もはや手を繋ぐどころかシルヴァンの腕に大きな躰でしがみ付いたウィリアムは、ぷるぷると震えていた。
先ほどから聞こえる呻き声が近づいているような気がしてならないウィリアムである。
「走って逃げましょう…?」
「馬鹿な事を言うな。こんな視界で走ったり出来る筈がないだろう」
呆れたように言うシルヴァンに、ウィリアムは辺りを見回すように首を巡らせる。と、すぐ真後ろに、無残に引き裂かれたドレスを纏った女が立っていた。
「うわぁあああああっ!!!」
叫び声をあげたウィリアムがシルヴァンにしがみ付く。
「何だ急に…」
「あぁあああ…アレ!!」
「ん?」
ウィリアムが必死に指をさす方向を見遣るシルヴァンだが、そこには何もない。
「何もないじゃないか」
「え…?」
恐る恐る顔をあげたウィリアムはだが、再び絶叫し、そしてそのまま床にへたり込んだ。
「何なんだいったい…」
「だって…そこに…何で俺だけ…やっぱり本物の幽霊なんじゃ…」
ブルブルと大きな躰を震わせて脚にしがみ付くウィリアムを、シルヴァンが困ったように見下ろす。
「何を言ってるウィリアム…幽霊など居る筈がないだろう」
「いぃぃいいるんです!! そこにっ!! 女の人がぁあああ…っ、駄目だやっぱり本物なんだ…ぁぅぅ」
「女? どこに…」
と、そう言ってウィリアムが指さす方向をもう一度見たシルヴァンだが、やはりそこには誰もいない。だが、ふと僅かな違和感に眉根を寄せ、そして小さく噴き出した。なるほど…と、そう思う。
ひょいっと身を乗り出してウィリアムの立ち位置からそちらを見れば、確かにボロボロのドレスを着た女の姿がシルヴァンにも見えた。
鏡を使うとは、上手い事を考えたものだとそう思うシルヴァンである。これはウィリアムに教えない方がよかろうと、くつくつと喉を鳴らして笑いながらシルヴァンはウィリアムを立ち上がらせた。宥めるように大きな躰を抱き締めてやる。
「大丈夫だウィリアム。静かに離れればきっと追ってはこない」
「ほっ、本当に…?」
「ああ。気付かれる前に行くぞ」
大きな躰でしがみ付いてくるウィリアムを促して、シルヴァンはその場を後にした。
その後も急に音が鳴る度にウィリアムは立ち止まり、悲鳴を上げ、シルヴァンにしがみ付く。
「ひあぁああ…もう帰りたいですシルヴァン…」
「勝手知ったる船でよかったな。一般の客は大変そうだ」
「そぉですけど…あぅ…知ってても無理ぃやぁあああぁあッ!!」
話している途中でバタンッと勢いよく扉が開き、中からにゅっと手が伸びてくる。その手をウィリアムは思わず引っ掴んで投げ飛ばそうとした。が、逆に捻り上げられて床に蹲る。
「ひやぁあああっ! 痛いっ! やめて殺さないで助けてくださっ!!」
「僕だよ、ウィル」
「え…っ? あ…フレッド…? あれ?」
「もう。キミは怖がりだねぇ」
クスクスと笑いながら腕を引かれ、辺りを見回せばフレデリックの後ろからぬっと辰巳が姿を現した。
「あ? 何してんだお前」
「どこかで聞いた声だなって思ったから来てみたんだけど、驚かせてしまったみたい?」
「くくっ、なんだウィル、お前怖がってんのかよ?」
「あぁああだってこういうのは苦手でぅあぁああああっ!!」
またしても喋っている途中で大きな音がして叫ぶウィリアムの目には涙が浮かんでいる。その隣で、苦笑を漏らすシルヴァンはそっとウィリアムの頭を撫でた。
「ウィリアム…」
「あぅう…シルヴァン…助けてくださいぃ…立てな…」
「参ったな…」
頭を掻くシルヴァンは、思わずフレデリックを見てしまう。
「どうして僕を見るのかな? シルヴァン?」
「失礼しました…」
「まあ、キミにウィルは大きすぎるよね」
ウィリアムはシルヴァンよりも身長だけで十センチ高い。その上、躰付きもしっかりしていてシルヴァンには到底持ち上げる事など出来なかった。
「くくっ、ウィルお前、部屋着く前に気絶すんじゃねぇのか?」
「嫌です辰巳さん…連れてって…」
「阿呆か。これくらいで腰抜かしてんじゃねぇよ」
「まあ、あとはシルヴァン、頑張って」
フレデリックはそう言ってシルヴァンの肩を叩くと辰巳の肩を抱いてさっさと居なくなってしまった。あっという間に二人が煙の中へ消えていってしまい、ウィリアムとシルヴァンが取り残される。
「あぅ…シルヴァ…ごめんなさぃ…」
「立てそうか?」
シルヴァンはしゃがみ込み、座り込んだまま動けずにいるウィリアムの頭を穏やかに撫でる。
「気絶…しても置いてかないでシルヴァン…」
「馬鹿だな。置いていくはずがないだろう? ゆっくりでいいから少し壁に寄れ、邪魔になってしまう」
「シルヴァン…くっついていてください…」
ぽろぽろと涙を零すウィリアムを、シルヴァンはそっと抱き締めた。
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