運命を委ねよと影囁く夜

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 小さな花の姫君が、ただ庇護する存在であったはずの子供が、私の運命を委ねる主となった一夜の話をしよう。あれは私が二十四、イルヴァ様が間もなく十二になろうとしていた頃のことだ。  影の街は相も変わらぬ薄暗さ、しかし早朝屋敷に届いた私の父アウグスト危篤の報はその日、影の街どころか国中を騒がせることとなった。  報せを受けて青ざめるイルヴァ様に急ぎ暇を請うと馬を駆って父の住む王城の一画へ向かい、そして夜半。私はひしひしと疲れを訴える体で再び馬を走らせ、ひとりイルヴァ様の元へと帰ってきたのであった。  辺りはすっかり暗くなっていたが舗装された道はぽつりぽつり立つ街灯に照らされている。私の愛馬は暗さに慣れた影の街の馬だ。闇に沈んだ街に怯えることなく一定のリズムで石畳を鳴らし道を進んでいく。  しかし、思っていたよりも遅くなってしまったと苦く思う。朝は突然の出来事に狼狽えるイルヴァ様を気遣う暇もなく、きっと心細い思いをさせてしまったはず。叶うならあの小さな手に触れて、そのことを詫びたかった。ああ、こんな日にまでイルヴァのことばかりを考えている己が可笑しい。  けれど小さな姫はもう眠ってしまったことだろう。そう思っていたから、道の先に皓々と輝く屋敷の明かりが見えたとき私は無意識に馬の足並みを急がせていた。 「おかえりなさいませ。スヴェン殿、イルヴァ様がお待ちでございます」 「分かった」  門前、手早く面布で顔を覆って屋敷に戻れば、執事に迎えられて疑念が確信へと変わる。風に乱れた髪と衣服を整えるのもおざなりにイルヴァ様の待つ応接間へ、見慣れた扉の前で深い息を吸って吐き出し、銀のノブを右へ一度回す。すると呼応して扉の向こうでカロカロと木鈴が鳴り、一拍後「どうぞ」とイルヴァの応えがあった。――その声に心からほっとしたことを私は今も忘れていない。
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