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一族の当主となれば必然責務も増え、王城や領地へ出向く機会も増えよう。そうなればイルヴァ様の近衛に相応しくない。
私とていつかは当主となり父が王から賜った王城の屋敷へ、そして我が故郷の城へと戻る日がくることは分かっていた。だが父はまだ若く、まさかこんなにも早くその日がくるとは思っていなかったのだ。
今日、葬儀の手筈を整える合間に母や弟たちから早いうちに屋敷に戻ってくるよう乞われもした。母は彼女なりに愛していた夫の死に気落ちしていたし、弟達も心細かろうと思う。こういった場合慣例では近衛を辞することも勿論許されていた――だが。
「それでもイルヴァ様、どうぞ私をこのままお傍に」
父を失った今、私の心のしるべは貴女なのだと、イルヴァ様、貴女の目を見だ瞬間に思い知らされたのだ。だからどうか、この私を手放さないで。そっと離れていこうとした手を引き止め、私は貴女にすがる。
「おまえは、それで、いいの」
ああ、ようやく貴女の仮面にひびが入った。呆然と私を見上げ、唇を震わせながら小さく呟いたイルヴァ様。私は面布のこちら側で安堵に目を細め、その白くほっそりとした指先に唇を寄せる。乱れた前髪が一房、頬の横を流れた。
「それが私の望みです。お許しを頂けるなら、イルヴァ様、どうかお傍に。私は貴女にこそ、この身命をお預けしたい」
「――スヴェン」
そしてついに、決壊。私は貴女が声を上げて泣くのを本当に久しぶりに見た。高価な布を使った眼帯に容赦なく涙が染み込み、やがてまろい頬へと伝って滴る。片手でその雫を拭い、握りしめていたもう片方の手をそっと引けば、小さな体が弾けるように飛び込んできた。
父を亡くした悲しみと、小さな主を得た喜び。胸の中で泣きじゃくる体の熱と、指先に残る貴女の涙の冷たさ。私は何もかもが入り混じり吹き荒れる心のままに胸元に縋りついてくる小さな身体を抱き寄せ、その夜はじめて、私は貴女の前で泣いたのだった。
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