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事の発端はこの村の資産家である望月 正蔵の娘が病死した事だ。
正蔵はまだ十八歳という若い年齢で亡くなった娘に嘆き、途方にくれていた。そこで娘の同い年で、好意を抱いていた宗佑を娘の婿に迎えると言い出したのだった。
正蔵の妻も病死していた為、その憔悴っぷりは相当なものではあるが、死んだ娘に婿をつけるなんてと周囲は驚愕した。
それでも村の権力者でもある正蔵に逆らう者は誰もいない。
河谷家は村で農業を営んでおり、先祖代々から永らく続いている。
もし逆らえでもしたら村八分なうえ、土地まで奪われてしまうかもしれない。
都会に行くにしても、母親は病気がちで都会の喧騒に耐えるのは難しい。
それに今更都会に出たところで、父の歳では職の融通も利かないだろう。
家を守るには、正蔵の良いなりになる他にすべはなかった。
「はい。ありがたいお話です」
宗佑は顔を上げる。 周囲の人たちは複雑な表情で宗佑を見つめていた。
中には嫌な笑みを浮かべながら、隣同士でこそこそと話している者もいる。
そんな孤立無援な状態の中で、宗佑は痛いほどの視線を浴びながら正蔵と向き合っていた。
嫌でも正蔵の落ち窪んだ目の下に浮かぶ、酷いクマに目がいってしまう。かつてはギラついた目で相手を睨みつけ、威厳たっぷりの正蔵とは思えないほどの憔悴っぷりだ。
その膝の上には娘の三奈子の写真を大切そうに抱えている。
写真に写る笑顔の三奈子に、宗佑の中で懐かしい面影が蘇ってしまう。
可愛らしいえくぼが印象的で、ショートカットが良く似合う女の子だった。一見すればただの可愛い女の子だがとても気が強く、宗佑は子分のような扱いでいつも気後れしていた。
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