愛と呪縛と

4/5
前へ
/18ページ
次へ
悠人と出会ったのは、保の部屋に最後の荷物を取りに行った日の帰り道だった。 居酒屋で酒を煽り、自分の限界点を超えたままの勢いで、灯に吸い寄せられるように店に入った。 「いらっしゃいませ」 若い店主が、一瞥した後、顔をしかめたのを感じた。 少しだけ腹が立って 「餃子10人前」 と無茶な注文をした。 横柄な客、というのを演じてみたかったのだ。 わがままで自分のことしか考えない。 そんな人間に、一瞬だけでもなりたかった。 しかしその店主……悠人はそれを許さなかった。 悠人に叱責されると、小夜子は無性に情けなくなり、流れ出る涙を止めることができなかった。 「ごめんなさい」 と謝った時、悠人は、そっと小夜子の体を支え、抱きしめるようにして背中をさすった。 その時、小夜子は生きていて初めて“許された”気がした。 考えてみれば、保の前でも一度も泣いたことがなかった。 そして、父には一度も抱きしめられた記憶がなかった。 初めて感じたその不思議な安心感は、小夜子がずっと求めていたもののように感じた。 その日から、小夜子はただ抱きしめてもらいたいという理由だけで、悠人の元に通っている。 今の小夜子の唯一の心の拠り所とも言えるかもしれない。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加