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悠人と出会ったのは、保の部屋に最後の荷物を取りに行った日の帰り道だった。
居酒屋で酒を煽り、自分の限界点を超えたままの勢いで、灯に吸い寄せられるように店に入った。
「いらっしゃいませ」
若い店主が、一瞥した後、顔をしかめたのを感じた。
少しだけ腹が立って
「餃子10人前」
と無茶な注文をした。
横柄な客、というのを演じてみたかったのだ。
わがままで自分のことしか考えない。
そんな人間に、一瞬だけでもなりたかった。
しかしその店主……悠人はそれを許さなかった。
悠人に叱責されると、小夜子は無性に情けなくなり、流れ出る涙を止めることができなかった。
「ごめんなさい」
と謝った時、悠人は、そっと小夜子の体を支え、抱きしめるようにして背中をさすった。
その時、小夜子は生きていて初めて“許された”気がした。
考えてみれば、保の前でも一度も泣いたことがなかった。
そして、父には一度も抱きしめられた記憶がなかった。
初めて感じたその不思議な安心感は、小夜子がずっと求めていたもののように感じた。
その日から、小夜子はただ抱きしめてもらいたいという理由だけで、悠人の元に通っている。
今の小夜子の唯一の心の拠り所とも言えるかもしれない。
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