4人が本棚に入れています
本棚に追加
「小夜子、結婚しよう」
「保、それはできないって何度も言ったよね」
「どうして。お父さんのことなら、ちゃんと面倒見るよ」
「そんな簡単なものじゃないのよ。あの人は……」
小夜子の記憶に明確に残っている幼い日の父の姿は、既にろくでもないものだった。
仕事はすぐに辞めるし、家に数日帰ってこないなんてことも当たり前の日常だった。
そういう時はたいてい別の女の家にいたのだと、物心をつく頃には悟っていた。
たまに家に帰ってきたと思った父は、いつも強いアルコールの匂いがした。
そんな父に愛想をつかした母は、いつの間にかちゃっかり新たに自分を支えてくれる男性を見つけ、家を出る決意をした。
「小夜子、あなたはどうする?」
そう母に聞かれた時、なぜかこの家に残る決断をした。
「お母さんには支えてくれる人がいるでしょう。でもあの人には……」
お金も尽き、母にもどこかの女にも愛想をつかされた父は、これまでの鋭い目が嘘のように、おびえた弱々しい男に見えた。
そんな父を小夜子は放っておくことができなかった。
自ら選択した道が正しかったと思ったことは一度もない。
かといってもう一つの選択が幸せだったとも思わない。
あの日から、小夜子には幸せな選択肢自体が存在しなかったのだ。
父はすぐに癇癪を起こし、相変わらず仕事も続かない。
たまに小夜子を心配した母が仕送りをしてくれたが、新しい家族との絆が強固になっていくに従い、小夜子への想いが薄れていくのを明確に感じていた。
「永遠の愛を誓ったって、そんなの簡単にリセットされる」
物心ついた頃から、小夜子はそう思うようになっていた。
最初のコメントを投稿しよう!