愛と呪縛と

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「小夜子、結婚しよう」 「保、それはできないって何度も言ったよね」 「どうして。お父さんのことなら、ちゃんと面倒見るよ」 「そんな簡単なものじゃないのよ。あの人は……」 小夜子の記憶に明確に残っている幼い日の父の姿は、既にろくでもないものだった。 仕事はすぐに辞めるし、家に数日帰ってこないなんてことも当たり前の日常だった。 そういう時はたいてい別の女の家にいたのだと、物心をつく頃には悟っていた。 たまに家に帰ってきたと思った父は、いつも強いアルコールの匂いがした。 そんな父に愛想をつかした母は、いつの間にかちゃっかり新たに自分を支えてくれる男性を見つけ、家を出る決意をした。 「小夜子、あなたはどうする?」 そう母に聞かれた時、なぜかこの家に残る決断をした。 「お母さんには支えてくれる人がいるでしょう。でもあの人には……」 お金も尽き、母にもどこかの女にも愛想をつかされた父は、これまでの鋭い目が嘘のように、おびえた弱々しい男に見えた。 そんな父を小夜子は放っておくことができなかった。 自ら選択した道が正しかったと思ったことは一度もない。 かといってもう一つの選択が幸せだったとも思わない。 あの日から、小夜子には幸せな選択肢自体が存在しなかったのだ。 父はすぐに癇癪を起こし、相変わらず仕事も続かない。 たまに小夜子を心配した母が仕送りをしてくれたが、新しい家族との絆が強固になっていくに従い、小夜子への想いが薄れていくのを明確に感じていた。 「永遠の愛を誓ったって、そんなの簡単にリセットされる」 物心ついた頃から、小夜子はそう思うようになっていた。
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