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ただ、小夜子は保のことは本気で愛していた。
「この人とずっと一緒にいられたらどんなに幸せだろう」
そう思える人だった。
だから、保に結婚しようと言われた時は、正直舞い上がる気持ちもあった。
だけどそれ以上に大きかったのは
「あの父親と、自分が一番愛する人を家族にはしたくない。私の人生に彼を巻き込みたくない」
という気持ちだった。
ただでさえ、手のかかる父は加齢とともに、体調を崩すことが増え家にこもりっきりになった。
小夜子が半ば義務感で父の様子を見に行く日には、保も付き添ってくれることがあった。
保に会った後の父はいつも、まるでそろばんを弾くかのように計算高い顔を見せた。
「いい男じゃないか、あいつは」
「保のこと、あいつとか言わないで」
「逃がすなよ」
父のその言葉を聞くと、胸の奥が黒いもので埋め尽くされるような気持ちになった。
抱えきれなくなった気持ちをうまく伝えることができないまま、保とはすれ違いが増え、結局別れを選ぶ形になった。
「きっと私は、父が死ぬまで、こうやって生きていくのだろう」
一番愛する人の手を、愛するが故に手放さなくてはならない。
そして、一番嫌いな人を見捨てることもできない。
小夜子はそんな自分の弱さに、時々無性に腹が立った。
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