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目が覚める直前、斎間の手はいつもシーツの上で何かを探している。母親に焦がれる赤ん坊のように。
男の後ろ姿を追いかけ、やっと腕をつかまえたと思ったら夢であったことが、これまでに何度あっただろう。
朝方のことだ。斎間はいつものように寝ぼけながら、シーツの上をまさぐっていた。今度こそ相手の体のどこかに、触れられると信じて……。
ハッと目を覚ます。
見慣れない無機的な天井に、つるつるした生地のシーツ、スプリングのきいたベッドーー。
斎間は全身裸だった。二日酔いなのか、頭がガンガンと痛む。
ゆっくり部屋を見渡してみる。誰もいなかった。
ヨタヨタとベッドから立ち、部屋の中をさまよう。あの人の残り香が、ホテル独特の統一的なにおいにかき消されている。まるで、昨夜の出来事が、ぜんぶなかったことにされたみたいに。
シャワー室にもトイレにも、どこにもいない。
自分はシンプルなこの部屋に、一人残されたのだ――。
徐々に視界にあるダブルベッドが、雲のようにぼやけていく。
斎間は目頭を押さえた。
あの人がいない朝こそ、どうか夢であってほしいと、いつも思う。こんなことなら、寝ないで見張っていればよかった。どこにも行かないよう、もっと強く抱きしめていればよかった。
また、捨てられたのだ。
そう考えると、胸が張り裂けそうだった。痛い。心臓が丸ごと痛い。痛い、と思うたびに涙が出てくる。
「……ん、せえ……っ」
もう嫌だった。好きだからつらいのか、傷ついてるからつらいのか、それもわからない。
どうして、西じゃないとダメなんだろう。
九年前、自分を救ってくれたことに、ただお礼をしたかっただけなのに。
けれどこのザマはなんだ? 顔を見た瞬間、『ほしい』と思ってしまったのだ。再会するまでは、憧れと感謝の入り混じった感情だけしかなかったのに。あわよくば関係を持つ前の、ミルクコーヒーをごちそうしてくれていたときのような関係に戻れたらと、思っていただけなのに。
でも、そんなのは無理だった
好きなのだ。どうしようもなく。
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