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部屋の真ん中で静かに泣いていると、鍵の開く音がした。
「いや~、朝風呂はやっぱりいいな~。小さいけどなかなかいい風呂だったよ。おまえも入ってくればーー……って、え?」
作務衣を着た西が、首に巻いたタオルで湿った髪をガシガシ拭きながら、部屋へと入ってきた。
泣きながら全裸で突っ立っている男を見て、目を丸くする。
「お、おい。泣いてるのか?」
「……っ」
「どうしたんだよ。仕事での嫌なことでも思い出したかっ? 大丈夫だって。まだ二年目だろ? 三年はやらないと仕事のコツなんてーー」
「突然いなくなるなよ……っ!」
「……」
「昨日言っただろっ。怖くて悲しかったって……っ」
重力に任せて、ベッドにダスンッと腰をおろす。
西が『しまった』というようにしゃがんで、斎間の手をとった。
「まだそのことについて話してなかったな」
「いいよ、もう。おれ帰るから」
西の手を振りほどこうとすると、ガッチリと再度手を握られた。
「あのときのこと、後悔してないよ。俺は」
「……知ってる」
「でも、おまえには悪いことをしたと思ってる」
「……うん」
斎間は握られてないほうの手で涙をぬぐった。
聞いたところで、西がそう答えることはわかっていた。だとしたら、自分はいったい何を聞きたかったんだろう。
「あのとき……どうしようもなかったおれを、先生は見捨てなかった」
「結局は突き放すことになったけどな」
「うん、でも……ありがとう。うれしかった」
西の瞳孔が、わずかに開く。
「し、しおらしいじゃねえか。照れるな」
「ずっと言いたかったんだ」
西は手を離し、立ち上がった。
「そうか。よかった。俺もあの頃はーー」
「先生」
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