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「な、なんだよ」
「もし会えたら、それだけ言えればいいと思ってたんだけど……難しいね」
西の手を引っ張り、体を抱きしめる。
「やっぱり、好きだ」
風呂から上がったばかりだからか、西の体は温かく、湿っていた。鎖骨あたりに鼻をくっつけ、男の匂いを吸いこむ。
甘い香りがする。舐めてみても、いいだろうか。
「……物好きなやつだな。こんなオッサンを十年近くも……」
「先生以外にも好きになった女の子は何人かいたよ。みんな優しかった。でもーー」
「おい」
「うん?」
「おまえの恋愛話なんて聞いてない」
「あ、ごめん……」
それから西はポツリと、
「……聞きたくもねえよ」
と、つぶやいたのだった。
「い、今なんて?」
「あーうるさいうるさい! この話は終わり! 朝メシ食いにいくぞ」
西は無理やり斎間の膝から降りると、朝食券を持ってドアへと向かった。
「ちょっと、おれの質問に答えてよ」
「十数えるまでに、服着れたらな」
そう言うなり、西は「いーち、にーい」と数えだした。
慌てて作務衣を引っ張り出し、着替える。だが、焦っているときほど間違いは犯すものである。
「お、終わった!」
「前後ろ逆だからやり直し」
「でも数え終わる前に着れた」
「じゃあ答えない」
「う……」
こうして斎間は結局、再び着直すことになった。
答えを聞き出すのは、骨が折れそうである。なかなか答えてはくれないだろう。変なところで勢いがあり、変なところで照れ屋なのが、西という男なのだから。
どうでもいいことで笑い合っている今こそが、答えなのかなーー。
目の前でおいしそうに朝食を食べている西を見ながら、斎間はそんなふうに思うのだった。
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