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「じゃあ帰りなさい。ここはお参りをするところじゃない。弔いをするところだ」
男のこの言い方に、理央はカチンときた。
「ちょっと待ってください。今のはひどくないですか。そんな尋問みたいな聞き方でこいつらから間違った言葉を引き出すなんて、卑怯だと思います」
男は、理央を冷めた目で見下ろしている。
「卑怯じゃないよ。その程度の気持ちだから、君たちはそんな態度がとれるんだ」
「オレらの気持ちが、あなたにわかるって言うんですか」
理央は相手を、目いっぱい睨みつけた。大人だからっていい気になるなよ、と思いながら。
だが、男もなかなかの迫力があった。色素の薄い髪に端整な顔、細身の体という、いかにも『弱そう』な要素が三拍子そろっているのに。真っ黒な背広が、それぞれの制服を着ている自分たちを圧倒する。
男は唐突に、首を横に振った。
「――やめよう。確かにこっちの言い方も悪かった。ただね、静かにしてほしかっただけなんだ」
男の前にいた弔問客の記帳が終わる。
順番がまわってきた男は、理央たちに背中を向けて記帳すると、受付の人に「この度は、ご愁傷様でございます」と、丁寧な口調で言った。香典をわたし終えると、男は理央たちに向かって悲しげに言葉を洩らす。
「今日はそういう日だから」
理央は会場に入っていく男の後ろ姿を、目で追った。
「めっちゃこえええ~~」
「アッチの人かと思ったぜ」
「アッチ?」
わかっていない聡に、信太郎が指で頬に線を引いて見せる。
「え、わかんない」
「ヤクザだよ」
ようやくわかった聡が、ヒッと言って口を手で覆った。のんきなものである。
理央は帳簿に目を落とした。
達筆な字で、名前が書かれていた。
『斎間玲』
これが男の名前である。
れい、という音が妙に懐かしく、耳の奥で鈴のように響いた。
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