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「それ大事?」
「おう、大事に決まってんだろ」
「小学生みたい」
「学生にも言われるよ。成長してくださいってな」
やっと枝豆がくる。堅物の店主は無言でカウンターに置いた。
だいぶ待たせているのにその態度はどうなんだよと思うけれど、西が気にしていないようなので、こちらも気にしないようにする。
「お父さん、お酒ってにごり酒だけ?」
煙草のヤニで黄ばんだメニューを開きながら、西が店主を呼ぶ。
堅物の店主はギロリと西を見た。しわがれたドスのきいた声で、「そうだよ」と返してきた。いつにも増して怒っているように見えるのは自分だけだろうか。
「じゃあそれ一つください。あ、おまえも飲む?」
「は、はい」
「やっぱり二つで」
店主は「アイヨ」と言って、調理場の中へと入って行った。
西が注文したにごり酒は、思いのほか早くきた。
店主は相変わらずムスッとして無言だったけれど、斎間でもわかる程度には表情が柔らかくなった気がする。
「どうした?」
「いや、すごいなってーー」
西のように、人の心にスッと潜りこめれればいいのにーー。
にごり酒のおかげか、斎間は少しずつ仕事の悩みを口にしていった。
そうだった。
本来はこのために西は自分を飲みに誘ってくれたのだ。きっと、それ以上でもそれ以下でもない。
期待していたのは自分だけーー。
そう考えると、同じ場所で同じものを食べているのに心細く感じた。なら、それでもいいからこの男と話していたい。斎間はネクタイを緩め、仕事の愚痴を次から次へとこぼしはじめた。
営業の成績が振るわないこと、本社にいる人たちを失望させていること、今日営業先で名刺を受けとってもらえなかったことーー。
気づけば四合瓶くらいの酒を飲んでいた。西はペースが遅いのと、チェイサーの水を飲んでいるので、そこまで酔っていないようだ。
こんなつもりじゃなかったのに……と自分がかっこ悪くて情けない。
トイレに立つと、足元がフラッとよろめいた。
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