4 燃え逝く躰

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胡蝶 名を呼ばれる度に唇が触れる場所が変わる。 少しずつ、目の方へ僅かに動いて 瞼を 今度は耳の方へ 耳朶を フェイスラインを下り 口角を じっくりと施されるそれに 腹の底が茹だるように奮えた。 「……胡蝶」 とても熱い音だった。 いてもたってもいられなくて顔を上げて わたしはまた、お決まりのように後悔する。 艶を纏った後藤田様は今までに見たどの後藤田様よりも麗しく、それでいて強さを(あらわ)す目の耀(ひかり)は獰猛な野生動物を思わせる。 ()(ゆう)を目の前にしたわたしは、それに咬まれるの絶好の好餌(こうじ)だ。 恐怖を感じたわけではない。 勿論、嫌悪でもない。 なのに、(ふる)える。 戦慄(わなな)いた唇に勝手に急ぐ呼吸。 目の前に迫る獣を忙しなく追いかける両眼の奥から何かが溢れてくる。 強くて眩しい雄を(かざ)す後藤田様が最初に牙をたてたのは やっぱり(きゅうしょ)。 その途端に、収まりきらなくなった涙が目の端から揺れるように零れ落ちた。 いつも咬みつかれるのはここが最初だ。 これはこの人が獣である証。 「……ひっ、ぐ」 生命にかかわる太い脈の上を千切られるかと思うくらい吸い上げられた。 実際に喰われた訳でもないのにその間は呼吸さえもおぼつかなくなり 苦しさを感じて、後藤田様に近い手がTシャツの裾を引き掴んだ。
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