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両手に抱えた荷物を丁寧にキッチンカウンターに置いたその人はわたしのすぐ目の前まで来て足元に目を落とすと
「ごめんなさい、掛けたままでいらしてください」
変わらずの綺麗な声でわたしを座るように促した。
「……いえ、……お心遣い痛み入ります。
わたくし、先日から事情によりこちらでご厄介になっております。
後藤田様にはいつもお世話になっております。」
わたしよりはるかに高い位置にある目をちゃんと見つめて言い終えてからゆっくり頭を下げた。
「……ああ、そうだったんですか。
聞いておりませんでしたから、驚きました。
彼が誰かをこの部屋にあげるなんて今までに無かったことでしたので」
頭を下げている間に降ってきたセリフに
言い方も含め何も嫌味なんて含まれてはいないのに
どうしてか、ツ、と引っ掻かれたように跡に残る。
「どうぞ、お掛けくださいね」
わたしの素性が少し分かったのだろうか、微笑みを浮かべたその女はそこでクルリと背中を向け、キッチンへ歩き出す。
ひと言に纏めて、この家はほんとにセンスがいい。
キッチンのワークトップやカップボード、フローリングが全て黒で統一されていて、その足元に至ってはリビングダイニングを含み、床暖房仕様だ。
それに、どの部屋も驚くほど天井が高い。
このリビングしても、バスルームにしても
吹き抜け同然。
キッチンに立つと、ついさっきカウンターに置いた荷物の中から、所謂‘ケーキの箱’を冷蔵庫にしまう。
「あ、お茶いかがですか?」
こちらを覗いて尋ねられ、慌てて首を振った。
「本当にお構いなく」
態度はおかしくはなかった筈。
だけどここには居たくなくて、テーブルの上のスマホ二台を部屋着のポケットに入れ、足元の松葉杖を手に取った。
「部屋に戻ります」
目が合ったついでにそう告げて、わたしは再度立ち上がり、頭を下げた。
「そうですか」
「はい、失礼します」
誰かは知らない。
知りたくもないけど。
リビングの奥へ続くドアへなるべく急いで向かい、なんとも言えない不味い空気を噛み締めた。
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