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スタイリッシュなキッチンに立つ女は、何かを懸命にしていて
ここからでも見えるくらいの水飛沫を散らしている。
ガタンガタン、とシンクに跳ね返る音が
どうしてか胸騒ぎに繋がった。
「あの、……」
わたしが声を掛けるとハッとして顔を上げ
険しかった表情をあっという間に柔らかなものに変え
「ごめんなさい、……どうかされまして?」
わたしに微笑みながら
水量を調節し、穏やかになったそれを流す。
「あ、後藤田様が」
と、言ったそこにやや被せるように
「司さん??」
カウンターから身を乗り出して来そうな勢いだった。
大きく縁取られた眼がさらに大きく開いた。
ああ、この人は後藤田様に会いに来たんだな、と今、確信する。
普通ならここに勝手に入ることのできる人
と、言うだけで後藤田様に縁の深い人ということは間違いない。
「あ……司さんが、なにかしら」
「今一階にいるので来て欲しい、と
お伝えするように頼まれました」
あえて距離を保ったまま、それだけを伝えると
あからさまに上気した顔を見せながら
今、している何かをササッと片付ける素振りを見せ綺麗なハンカチで手を拭う。
自分のバッグを持ち
「では、ごきげんよう」
満面の笑みで会釈され、いそいそと立ち去る後ろ姿を見送った。
「……いいな……」
無意識のうちに呟いていて、あ、と気付く。
いいな、ってなに。
いいな、ってなにに?
わたししかいないのに、顔から既に火が上がってるんじゃないかというくらいに熱い頬を隠すことも出来ず、俯く。
誰に見られる訳でもないのに
とてつもなく恥ずかしくて、それを意識してしまうと余計に熱が上がった気がした。
キッチンカウンターにさっき置かれた荷物は、わたしの着物だった。
専門のクリーニングに出すと仰っていたから、それが届いたであろうことは間違いなく、さらに、それを部屋までこうして持ってくるということは……
「やっぱりそれなりな仲なんだろうな……」
松葉杖を支えにそこまで進み、たとう紙に包まれたままの表面をサラ、と撫でてみた。
肌襦袢とそして、帯までもが同じように丁寧にそうされているのになんとなく悲しい気持ちになった。
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