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 なんだか、よく分からない夢を見た。  若い男女が抱きしめ合って、何やら別れを惜しむような悲し気な睦言を、互いに切々と語っている。  会話の内容まではよく聞こえないが、どうやら二人は、許されざる恋をしているらしい。  家族の目を盗んで、ここを逢引の密会場所にしているようだ。  耳を澄ませるまでもなく、会話が直接頭に入ってくる。 ――さん、僕はどうしてもあなたと添い遂げる事はできません…ですが、真に愛するのはあなただけです。 ――さま、私もです。ああ、ずっとこのままでいたいのに…。  はらはらと涙をこぼす女に、男は優しくその額へ口づけを落とす。 ――この宿の名はにっこうきすげ旅館といいます。僕は、来年になったら必ずその花が咲きそろう時期に、またここを訪れます。待っていてくれますか? ――ええ、ええ!もちろんです。私はずっとここで待っています……!  男の言葉に、女は頬を染めてひしとその胸に縋りついた。  悲恋…なのだろう。  なんだか、こっちまで胸がギュッと苦しくなる。  そう、苦しい――…?    ◇ 「ん?」  綾瀬は、自分の胸に、何か重いものが乗っているような息苦しさに、目が覚めた。 「…」    起き上がると、佐々木の足がドーンとこちらへ伸びている。    どうやら、あの息苦しさは、佐々木の足が綾瀬の胸に乗っていたせいのようだ。  佐々木の纏っている浴衣は、もはや腰紐だけで体に巻き付いている状態であった。  そして、彼はなぜか綾瀬の被っていた布団に抱きつき、大きく足を大の字に伸ばしている。
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