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「いーえ、何でもっ」
佐々木はニッコリと笑い、そしてスマホを取り出した。
「ええと、帰りは蔵王エコーラインという観光ルートを辿って、宮城に出るって言ってましたよね?」
「そうそう、蔵王一の観光スポットで『お釜』ってヤツがあるらしいんだ。せめて、それくらいは観光らしい事して帰ろうぜ」
そう言うと、綾瀬は携帯灰皿でタバコの火を消し、ガチャッとドアを開けて運転席に座った。
「さぁて、宮城に行ったら~ちょうどルート沿いに『蔵王』『乾坤一』と、山形に劣らず、銘酒を誇る酒蔵がズラリのハズだ。なんとか手に入れて東京に――…」
だが、これに佐々木は冷たい口調で、衝撃の一言を告げた。
「蔵王エコーラインは11月から4月まで冬季通行止めらしいですよ」
「…」
「それくらいは、下調べしてから計画を立ててくださいよっ」
「…はい」
しょんぼりと肩を落とし、綾瀬はエンジンをかけた。
「じゃあ、来た時と同じルートで帰るしかねぇな―…この時期は、やっぱ観光するには中途半端だったかな?」
「そうですね。温泉メインだったらまだしも、今回のような騒ぎに巻き込まれると…」
しかも、あんなにアッサリと絹江婆さんの正体を明かされるとは。
口に出すのも、何だかそれもそれで無粋な気がして――佐々木は、その一件はあえて伝えない事にした。
実は、それは綾瀬も同じであったのだが…互いに知らぬまま、同じことを考えた。
「――どうしたんです?」
「いや、何でもない」
『運命とは、最もふさわしい場所へと、貴方の魂を運ぶのだ』
シェイクスピアの詩を思い出し、綾瀬は、絹江とその想い人に思いを馳せた。
彼らは果たして巡り会えたのだろうか?
待ち続けた絹江は、幸福であったのだろうか?
夢の中に現れた可憐な乙女はやがて、女傑と呼ばれるようになったようだが――…。
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