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しかし、綾瀬が気になったのは、別の事だった。
「ラップ…ねぇ?」
「どうかしたんですか?」
「この料理は、どこから持ってきた?」
「――あっ」
綾瀬の言いたいことが分かり、佐々木は声を上げた。
「そうか!あの婆さん、電灯を点けると宣言した中には調理場は入ってなかった!」
「そういうことだ。この料理は、どこか別の場所で調理したんだ。だから、お膳を運ぶ移動中冷めたりこぼしたりしないように、ラップを巻いたんだろう」
――だいたい、幾ら人が少ないからといって、絹江婆さんの姿しか見ないのは不自然すぎる。
ここに着いてからこっち、中居や調理師どころか、人の気配も車が出入りする気配も皆無だ。綾瀬と佐々木は、本当にあの婆さんしか見ていない。
「……なんだか、気味悪いですね」
「どうも、本当にオレたちだけに用意された宿みたいだな。わざわざ外から食事を運ぶなんて――普通に考えたら、相当な手間だぞ?」
「ですよね。しかも、あの婆さんが」
もしかしたら、本当のにっこうきすげ旅館で調理したものを、絹江婆さんが曲がった腰で運んだのかもしれない。
「いったい、目的は何なんでしょう?」
「う~ん…」
綾瀬は眉間に皺を寄せると、佐々木の淹れたお茶ではなく、コンビニで買ってきた地酒の方に手を伸ばし、グッとあおった。
「あっ!」
「――とにかく、オレは疲れた。今日はもう寝る!」
佐々木が止める間もなく、綾瀬は地酒をグイグイと飲むと、あっという間にお膳も片付けて煎餅布団の上にダウンした。
そしてそのまま、今度はすぅすぅと安らかな寝息が聞こえる。
佐々木は、数か月前の再現を見ている気分だった。
――このオッサンは、また~!
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