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 夕食後、佐々木は一人ぶらぶらと温泉街を歩いていた。  時刻は7時、東京にいれば、まだまだこれからという時間帯である。  しかし、さすがにここでは同じようにいかないようだ。  ほとんどの店が閉まっている。  まぁ、なにせオフシーズンだ。店を開けていても儲けにはならないだろう。  綾瀬の言う事には、この山形蔵王のトップ・シーズンには、国内外から多くの観光客が押し寄せて、夜通しとんでもなく賑やかになるらしい。 ――どうせなら、その時期に来たかったな…。  退屈しのぎに手にしたパンフレットに目を落としながら、佐々木は溜め息をついた。  パンフレットには、ライトアップされた樹氷の写真が載っていて、本当に綺麗だ。  そして、常時、大きなゴンドラが蔵王の急斜面を上り下りしているのが分かり、ますます佐々木は興味を引かれる。  山頂から見下ろした景色は、さぞや美しいだろう。 「…あの人は、本当に鈍い男だよなー…」  つい、そんな愚痴が佐々木の口からもれた。  夏に慰安旅行で温泉宿を訪れたときは、不運にも団体客と遭遇してしまい、佐々木は大いに不平不満をぶちまけた。  綾瀬はそれを覚えていて、今回は確実に人の少ない時期を選んで計画を立てたらしいが……。  別に佐々木は、温泉で混み合うのがイヤだとか、うるさいのが癇に障るとか、そういう理由だけで愚痴を言ったワケではない。  せっかくの二人きりの旅行だったのに、それを邪魔されたような状態になったので、ムカついたというのが本音だ。  今回のように、綾瀬は酒をかっ喰らって爆睡していたし。  あれで、怒りを覚えないヤツがいたら、それは欲のない聖人か枯れた仙人だろう。  そう、佐々木としては――…離れの露天風呂付きのそこそこ良い宿で、ゆっくりと互いに酌でもしながら、ほんわりしたいい雰囲気になって――風呂では、綾瀬の広い背中を流したりして……
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