4人が本棚に入れています
本棚に追加
2
目を覚ますと電気とテレビががつけっぱなしになっていた。タオルケットから這い出すとカーテンを開けた。相変わらずの曇り空だ。
汗でベタついた服を脱ぎ捨てシャワーを浴びた。さっぱりすると腹が減ったのでアパートを出た。
空気が水をはらんでいる。歩いているのにぬるま湯を泳いでいるようだ。昨夜と同じ道を通ったが、火葬場沿いの築地塀に切れ目はなかった。明るい時間に見ればただの路地というオチを期待していたので肩すかしを食った。
国道に出てぶらぶら歩き、つけ麺屋に入った。カウンター席の一番奥に見覚えのある顔がいた。昨夜の小太り男だ。
彼も僕に気づいたのか、どんぶりから顔をあげ「よう」と声をかけてきた。
「何にする?」
カウンターの中から大将が注文をとる。
「ゴマスープ。味玉、チャーシュー乗せで」
「いーなー、チャーシュー」
小太り男の冷やかしにイラッとした。表情に出たのか男は「若いなぁ」とせせら笑う。そう年齢は変わらないだろうにと思ったが、口には出さなかった。反論はこの男を喜ばせるような気がしたからだ。
「いや、失礼。ボクは須田。裏道歴は一年ほどだよ」
「ウラミチ?」
「昨夜歩いただろう?」
須田の声には「そんなことも知らないのか」というニュアンスが含まれていた。
つけ麺が出てきた。もうこの男と話すのはやめよう。須田の存在をシャットアウトしようと食べることに集中する。
先に食事を終えた須田が店を出る。
彼が後ろを通り過ぎるとぬるい風が残った。
帰宅し、ごろごろしていた。浅い眠りを繰り返し、五分、十分と時を飛んだ。次に目覚めた時、部屋がすっかり暗くなっていた。窓の外も闇だ。電気のスイッチをオフにしたんじゃないか? 真顔でそんなことを考えるほど、夜は唐突に訪れた。
スマホを手に取ると日付が変わる少し前だった。
頭の中に赤い屋根のログハウスが浮かんだ。壁には見慣れたロゴが描かれている。ファミレスだ。
脳に地図アプリをインストールされたかのようにファミレスまでの距離と方角がわかった。
国道を年齢も性別もバラバラな集団が歩いている。リクルートスーツにスニーカーを履いた女性の後ろ姿を見た。
我に返ると国道も集団もなく、見慣れた部屋があった。まだ間に合う。スマホを握りしめ、スニーカーを履き、駆けだした。
最初のコメントを投稿しよう!