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 梅雨の蒸し暑い夜のことだった。畳に寝転がりスマホをいじっているとざわめきが聞こえた。腰高窓を開けると生ぬるい空気が肌に張りついた。どこかで赤ちゃんが泣いている。  深夜の住宅街はすぐに静寂を取り戻した。汗ばむ頭をかきながら窓を閉める。  喉が渇いたが水道のぬるい水は飲みたくない。コンビニの冷蔵庫にびっしり並んだ冷えたドリンクを思い浮かべた途端、我慢できなくなった。  デニムの尻ポケットにスマホをねじ込み、財布を手にすると、スニーカーをひっかけ外に出た  入居時に大家が話していたが、アパート周辺は空襲にあわなかったそうで、戦前の区画がそのまま残っているらしい。  道幅は狭く、かろうじて軽自動車が通れるほど。枝分かれしてさらに細くなる。  引っ越してきたばかりの頃はアパートの方角を見失うこともあった。一年近く住んでいるのでさすがに迷わず帰れるようになったが、覚えているのはアパートまでの道だけだ。いつもと違う角を曲がるだけで簡単に居場所を見失う。生活には不便なところもあるが、見知らぬ道に出た時はワクワクする。  国道に出るため路地をゆく。     
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