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決行場所の目星はつけてあった。俺たちの散策コースに含まれる、ともすれば谷底の川に転落しそうな足場の悪い道。導くべく俺が先を歩く。と、不意にあいつが声をかけてきた。
「きみは覚えているか。高校の時の文芸部の文集。薄緑色の表紙のやつ」
「……ああ、うん」
足をとめることなく生返事。今はそれどころじゃない。チャンスは一度きり。失敗は許されない。
「いまだに読み返す。あの時のきみの作品を」
「そりゃどうも」
まだ高さが足りない。もっと自然に足を踏み外してくれそうな、確実に死んでくれるところでないと。
「そのたびに僕は嫉妬しているんだ」
「……は?」
予想だにしなかった言葉で足がとまる。なにを言われているのか、すぐには理解できなかった。あいつが俺を? ……まさか。ありえない。
「珍しいな、おまえがそんな世辞を言うなんて」
「世辞なんかじゃない。僕はずっときみを羨んでいた。追いつこうと必死だった。けれど、あれを読むたび思い知る。才能に勝るものなんてないと」
ふざけるな! と怒鳴りつけてやろうとして、振り向きざま言葉を失う。思いが翻ったのは、そこに微笑みがあったせいだ。
あいつは綺麗だった。とても綺麗だった――。
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