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「全身鼠色の人がいるなーって思ったら。荻野目さんだったからビックリしたよ」
「え」
「全然変わってないから、すぐわかったよ」
いや。変わったのです。私は内心つぶやいた。
三か月前までの私なら、阿以君の言葉を素直に聞けたかもしれない。けれど今の私は、ほうれい線後の女。もうあの日には帰れない。
「阿以君も……いや、恰好は変わってるけど……なんか全然雰囲気変わらないね」
「そう? えへへ」
にっかり笑う。あ。私は思い出す。
そうだ、阿以君は笑うとプレーリードッグっぽくなるのだ。
「コワイガー」、ちっちゃい声が上がった。親に連れられた幼児だ。阿以君はさっとヘルメットをかぶり直し、「やあ! 豆腐食べろよ! 健康になるぞ! 佐藤豆腐店、本日特売日!」と言った。
そして親子連れが去ると、そっとヘルメットを押し上げて続けた。
「荻野目さんも東京にいたんだね。職場がこっちなの?」
「あ、うん。えっと……阿以君は、音楽は?」
バンドは? ギターは? という訊き方は野暮に思えた。
すると、頭と肩にイガイガをくっ付けた阿以君が、「えへへ」と笑った。今度は、少し乾いた「えへへ」だった。
彼は私の問いには答えずに、話を変えた。
「荻野目さん、今夜の同窓会は?」
「あ。これから。阿以君は?」
「俺も出るよ。このバイト昼までやってソッコーで行く。つーか、渡辺のヤツに余興でステージやれって言われてるからさ」
渡辺とは、阿以君とよくつるんでいた男子生徒だ。今回の幹事チームにも名を連ねている。
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