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世界。音楽。私は塞がっていた胸がすっと前へと押し開かれるような、圧倒的な爽快さを感じた。
ああ。この人は、私と違って十五年を無駄にしていなかったんだ。泣けるような、誇らしいような、奇妙な感覚が込み上げた。……なんてこった。ほうれい線後だからこそ、私はこんなにも感動しているのであろう。これが人生の醍醐味というものなのか。
――けれど、阿以君に比べて。
私はまたもため息をつきたくなる。
何も成してなくて。地味で。鼠色で。
顔を上げた。イガイガをレンジャースーツの肩に付けた阿以君を見る。マジックテープで固定されているイガイガは、阿以君が動くたびにゆらゆらと揺れていた。
「頑張ってね、阿以君っ。エア・ギターの世界大会」
「……荻野目さん」
「阿以君すごいよ。本当にすごいよ。私、尊敬する。何かやってる人、続けてる人……本当にすごいと思う。頑張れ」
なぜか、阿以君の目元がくしゃりと崩れた。ヘルメットをあわててかぶり直す。
「じゃ、じゃあな。また後で」
「うん」
「コワイガー!」と、また別のちびっこが彼を呼んだ。阿以君はガオーというふうに両手を上げ、「悪い子はいねぇがー」と言った。コワイガーのキャラ変。
遠ざかる彼の背中を束の間見てから、私は再び歩き出した。
成している彼と、成していない私。同じ時間が流れているのに、全然違う。
きゅ、と鼠色のバッグを肩にかけ直した。
そして私は、その店を見つけた。
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