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感激に言葉もない私の傍らに男女が立ち、椅子に座らせた時と同じく、店の扉を両手で示した。私はおそるおそる立ち上がり、ガラス扉に近付いた。スモークガラス越しの扉から、外界は見えない。ふと、このままここに留まりたい衝動に駆られる。
ぎざぎざしたり、うねうねしている世界より。まん丸でもこもこ、ふんわりやわらかなアフロの世界に留まりたい……
「さあ。行きなさい」
そんな私の背中を、男の声が押した。私ははっと我に返った。
「先ほども言いましたが、あなたは完璧なアフロ期ではありません。そのアフロは時間がきたら解けます。ですから、今回お代は要りません」
「……」
「それまでにあなたの成すべきことをやり遂げなさい……! かりそめではありますが、そのアフロはあなたの力になるでしょう。なぜなら、一歩踏み出したあなたはすでにアフロの住人なのですから」
アフロの住人。きゅ、と手を握る。
身体中に力がみなぎる。
「いいですか。今、この瞬間が最適のアフロ期ではないとしても。アフロはある日突然アフロになるのではないのです。積み重ねです。アフロではなかった今までの自分を無意味だなんて思ってはいけない。すべての道はアフロに通ず」
「すべての道は……」
アフロ女が私の鼠色のショルダーバッグを手渡してくれた。そしてにこ、とアフロ男女は笑った。あの一体の生き物のような、同質の笑み。
ぐ、と震える足で踏み出した。黒いガラス扉に手をかける。
声が響いた。
「レッツ! ボォオオオン!」
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