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その間にも、私の周囲で群れる人たちの塊が、崩れたりくっ付いたり、様々な声を発しながら蠢く。誰もが私の姿を見ては驚き、目をそらし、また見つめる。
「仕事、どうしてんの?」
「仕事、何やってんだっけ?」
「結婚、したんだっけ?」
「もう、子供いくつだっけ?」
「どこ、住んでるんだっけ?」
「彼氏、は?」
「彼女、は?」
「家、買ったの?」
「今、どうしてるの?」
「今、どうしてるの?」
みんながみんな、誰かにどうしているのかと訊く。
それでいて、誰もほうれい線前とほうれい線後については語り合わない。
どんな色が好きになったとか今日の朝の空はきれいだったとか冷蔵庫には梅干ししかないとか道を歩いていて泣きたくなるとか靴の先がちょっと擦れたとかそういうことは話さない。
積み重ね。みんな積み重ねてる。なのに、それは訊ねない。
その時、室内にかかっていた軽やかなクラシック音楽が止んだ。全員、いっせいにフロア奥にあるステージを見る。私もはっと振り返った。
「阿以君じゃない?」
小林さんが声を上げた。ワクワクした声音に、期待がこもっている。
「バンドやってるんでしょ?」
「東京にいるんでしょ」
「CDデビューとかどうなったの?」
人々が口々にささやき合う。みんなの期待に背後から押される気がして、私もぐぐっと足を踏ん張った。
ビートの速い音楽が大音響で鳴り響く。わぁっと会場中が歓声を上げた。「あいうえおー!」、誰かが叫んだ。
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