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横手にあった金屏風の陰から、阿以君がステージに駆け上がってきた。音楽のボルテージが上がる。エレキギターの甲高い音が、ワーッと叫んだ同窓生たちの声に重なった。
阿以君が恍惚の表情でのけ反った。弦を押さえる手指をばらばらと動かし、絶叫のような音をかき鳴らす。私はその姿をぐっと息を詰めて見た。
その手に、ギターはなかった。
え? え? 戸惑いがフロアに広がるのが分かる。
しかし会場の困惑をよそに、曲はどんどん進む。蹴散らして進む。ぴったぴたの革パンツ姿の阿以君は、身体を前後上下に揺らし、イナバウアーばりの柔軟性、優美さも見せつつギターの音をかき鳴らす。
ただ、その手にギターはない。
「エア・ギター?」
誰かが声を上げた。エア・ギター。私は納得した。これがそうなのか。
「マジで?」
「えっ。ちょっと、これ?」
長谷川さんと岩田さんがこそこそと言葉を交わした。周囲の人々もさわさわとささやき始める。
「エアか……」
「え、あいつ前はギター弾いてたよな? 文化祭とかで」
「今日は余興だから?」
「金がないとか?」
「ていうか、メジャーデビューするんじゃなかったのかよ」
「何、もしかして挫折? 挫折的な?」
「なんだ自分では弾かねえのかよ、阿以!」
彼の〝積み重ね〟が、勝手に口々語られている。私はぐっと手を握り、それでも空気演奏を続ける彼を見た。
阿以君の額に汗がにじんでいるのが分かる。空気弦を押さえる指先は、音とぴったりはまっていた。激しい曲のビートに合わせて全身がうねり、ギターが止む瞬間には飛んだり跳ねたり、パフォーマンスは決して途切れない。
……すごい。私は素直に思った。
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