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思わずつぶやいた。ここ古和毬丘三丁目商店街のシンボル、コワイガーではないか。一年ほど前、地元青年会が作ったゆるキャラだ。認知度は半径500メートルほどと思われる。
そのコワイガーが、ヘルメット越しのくぐもった声で「荻野目さん? 荻野目さんだよねっ」と言いながらずんずんと近付いてくる。イガイガが揺れる。
「はひっ?」
「あーっやっぱり! 俺俺!」
なんだこれ新手のオレオレ詐欺か。
目を白黒させて怯える私を見て、「あ」とコワイガーがうなった。「ごめんごめん」と言うと、ヘルメットを脱ぐ。
中から現れたのは、三十前後と思われる男性だ。もっさもさの黒々とした髪が若々しい。が、私は騙されない。すかさず、ほうれい線をチェックしてしまう。
「俺。覚えてる? 花盛で一緒だった。三年二組。出席番号一番、阿以ウエオ」
あいうえお。
アイウエオ……
「あいうえおっ?」
「いきなり呼び捨てっ? 久しぶりだね」
おそらく、出席番号は常に一番であろう阿以ウエオ。高校時代から、常に学内全体のムードメーカーで目立っていた。
「上京してギタリストになる! バンド組んでメジャーデビューする!」
そう公言していた彼は遠い存在だった。将来とか。未来とか。そんな漠然としたものにくっきりと形が付けられる。私にとって、彼は超時限の異星人だったのだ。……コワイガーになっていたとは予想外だが。
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