§2

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 明松の声が、幾分(かす)れている。 「アケボシ……お前、なのか……?」 「え?」  ただならぬ気配に、思わず伏せていた目を上げた迪は、そのまま言葉を失った。  目の前に、黒々とした明松の瞳がある。  真っ先に思い浮かべたのは、さっき神社の敷地の隅から見上げていた夜空の、深く透き通った黒だった。  迪は決して詩的情緒の豊かなタイプではない。むしろ散文的な非ロマンティック人間だと自覚している。だがその瞬間、迪は確かに明松の目の奥に星空を見たと思った。  生命と比べると無限とも思えるほど時空のスケールが大きい宇宙空間。星の光だけを通す深遠な闇。よもや、人の目を見てそんなものを連想するとは思ってもみなかった。  その広大な宇宙を宿した双眸が、迪の視界を呑み込むように近付いてくる。 「じっとしてろ」  言われずとも、明松の視線に射すくめられて指一本動かせない。その代わりとでもいうように、心臓が胸郭から飛び出すのではないかと思うほど強く跳ねる。  さっきからずきずきと痛む額に唇が押し当てられた。 「!」  咄嗟に目をきつく閉じる。  明松の唇が触れた痣のところから嘘のように痛みが引いていく。まるで毒を吸い出されているかのようだ。     
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