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§1
秦乃山町は、れっきとした日本の田舎だ。
町の中心部から少し離れれば、視界に入る人工物の割合はたちまち一割を切る。街灯すらない。距離感を失うほどの深い暗闇の中、稲の刈り取りを終えたばかりの田圃の脇を歩くときは、用水路を流れ落ちていく水の音だけが頼りだ。
目の前にあるこんもりとした暗闇から冷たい風が吹き下ろしてくる。葦原迪はぶるっと身震いをして、部屋着の長袖Tシャツの上に羽織ったフリースのジッパーを首元まで上げた。
雑木林の下は夜陰が一際濃い。明かりは手に持ったペン型のLEDライトのみだ。迪はそのライトが作る光の輪を地面に投げかけ、星降神社の石段を慎重に登って行く。あちこちすり減っていたり苔むしていたりするから、用心しないと足を取られそうだ。
相当な樹齢を重ねたと思しき木々に囲まれた境内は、昼でも鬱蒼とした場所だ。真夏の昼間などにはたまに地元のお年寄りが涼みに来ることもあるようだが、こんな十月の午前二時という時間に、当然ながら人気はない。
ふと「肝試し」などという季節外れの単語が頭に浮かぶ。
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