恋、しちゃいました。

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 なんだか腑に落ちないまま俯いてれば、辰巳さんの大きな手が俺の頭を掴んでグイッと顔を上げさせられた。それどころか、座席が広いからか俺の脚のすぐ横に膝をついて、顔をじっと覗き込まれる。  ――な、なに…? 「お前の兄貴が劉を何で見捨てたのか教えてやるよ」 「え…」 「フレッドはな、フランスマフィアだ。いいかクソガキ、マフィアってのはよ、俺らと違って看板背負ってる訳じゃねぇ。それどころか素性隠して組織自体存在してねぇ事にしてるような連中なんだよ。そんなの相手に俺らが敵う訳がねぇだろう。だいたいお前、フレッドが劉拉致った現場行って、帰って来れたのが奇跡だと思え。下手すりゃ設楽もてめぇも生きてねぇんだよ。分かったな?」 「そん…な…。じゃあ劉はっ!? 劉はどうなっちゃうの!?」  目の前にいる辰巳さんにしがみ付けば、一瞬だけ変な顔をしてた。それで俺がなんで? って思う間もなく、今度はもの凄い大きな声で笑いだしたんだ。 「え…? なに…?」 「若……」 「ははははっ、…っく、くくっ、ひぃー…おい設楽、お前聞いたかよ? マジでコイツ馬鹿だろう」 「否定はしませんが…」  爆笑してる辰巳さんに馬鹿にされたあげくに兄貴にまで否定されない俺って…。なんだか悲しくなってくる。  そりゃあ確かにそんなに頭は良くないけど、だからってそんなに笑うほど馬鹿にしなくてもいいんじゃなかろうか。だいたい無事に帰って来れたのが奇跡だっていうから俺は劉の心配をしたのに…。と、そこまで考えて俺は、大事な事を思い出した。  ――なんで兄貴が劉を見捨てたかって話だったんだっけ…。それなのに劉の心配してる俺は、確かに馬鹿かもしれない…。  目に涙を浮かべて笑ってる辰巳さんを、思わずキッと睨む。確かに馬鹿かもしれないけど、そんなに爆笑しなくてもいいじゃないかって、そう思いながら。 「おーおークソガキ、てめぇの馬鹿さ加減にようやく気付いたか?」 「っ…気付きましたけど…!」 「それでもお前は、兄貴を恨めんのか? てめぇまで殺されかねねぇ場所まで設楽が行ったのは、お前の為じゃねぇのかよ?」 「ッ……」  辰巳さんの言ってる事は、間違ってない。でも、だったら今から辰巳さんが行ったって同じなんじゃないかって思う。だって辰巳さん自身が言ったんだ、俺らが敵う訳ないって。なのに辰巳さんはもの凄く自信満々に言ったんだ。 「まぁいいや。馬鹿でも本気なのは分かったからな。お前の兄貴に免じてどうにかしてやるよ。兄貴に感謝しろよクソガキ、設楽の弟じゃなかったらほっぽり投げてるところだぞお前」  子供にするみたいに辰巳さんに髪を掻き回されて、なんだか悔しい俺は、思ってる事を口にしてた。 「敵わないって…言ったのに…。どうせまた…兄貴みたいに……同じ事になって…っ、劉のっ…、劉の事…っ、見捨てるんじゃないの…っ?」  言ってるうちに段々悲しくなって、溢れる涙で辰巳さんの顔が歪んでも俺にはどうしようもなかった。どうにかするなんて、気休めなら要らないってそう思う。無理なら無理って言って欲しかった。 「もし…また見捨てるんだったら…、俺の事も放っておいてよ…っ。俺だけ助けられるくらいだったら…、劉と一緒に…見捨てられた方がずっとマシだよッ」 「要…、もういい。これ以上若を煩わせるな」  兄貴の、静かな声。涙でぐしゃぐしゃに歪んだ視界で辰巳さんの顔は見えなかったけれど、きっと呆れてるんだろう。もういいやって、そう思う。笑われるのも、馬鹿にされるのも、呆れられるのも。  きっと兄貴や辰巳さんは大人で、色々事情を知ってるから聞き分けられるのかもしれないけど、俺には無理だ。いくらフレデリックって人がマフィアだって言われても、俺は劉を見捨てたくない。 「おいクソガキ。お前それ、全部わかってて言ってんだろうな。フレッドが劉を目の敵にしてる理由もよ」 「劉が…酷い事したって…」 「はぁ…お前それ、内容全部知っても今と同じように劉の事見捨てんなって言う自信あんだろうな」  自信があるかなんて言われても、俺には答えようもない。俺は劉がフレデリックって人に何をしたのかも知らないんだから。けれど辰巳さんの言い方が凄く気になるのは確かだった。  あの時、劉の肩を抱きながらフレデリックが言ってたのは、もっと酷いとか、そんなような事だ。それに、同じ事をしてあげようかって、そう言ったんだ。  ――でも…あの時の劉は…。  後ろ手に縛られて、目隠しをされたまま、フレデリックの足元に蹲ってやめてくれって、そう一生懸命お願いしてた。  ――それって…何…? そんなに酷い事を、劉はあの人にしたって事?  俺には劉がどれだけ酷い事をしたのか分からないけれど、きっと劉にだって事情があったに違いない。そういうのを含めて、俺は劉とちゃんと話がしたいって、そう思った。 「自信なんてないけど…、劉とちゃんと話がしたい…。それだけじゃダメなの…?」 「まあ、いいんじゃねぇの? 真実知ったお前がどんな反応しても、俺らの知った事じゃねぇからよ」 「へ?」 「お前が俺らの関係性をどう思ってっかは知らねぇが、劉は俺の身内じゃねぇからな」  そう言ってニッて口角を上げる辰巳さんの顔はもの凄く意地悪そうに見えた。  ――劉は身内じゃないって…、フレデリックって人は身内だって言うのかよ…。  そうは思ったけれど、俺は怖くて聞けなかった。だって、そうだって言われたら俺の味方はいないって、気付いてしまったから。  悪い人じゃないかもってのこのこついてきたのは間違いだったかもなんて、ちょっと思ったりするけど、連れてきてもらわなかったら俺は劉の居場所すら知らない訳で。どう足掻いても兄貴や辰巳さんに頼らなといけないのが悔しい。 「あの人と劉って…何でこんな事になってんの…?」 「鬼ごっこ」 「は?」 「いや、かくれんぼか? なあ設楽よ」 「そんな可愛らしい遊びならいいんですがね」  鬼ごっことか、かくれんぼとか、やっぱり俺の事馬鹿にしてるだけなんじゃないかって一瞬頭に血が上りそうになったけど、兄貴の口振りはそうじゃなかった。それに、言葉はそんなでも、辰巳さんの口調も真面目だった。真面目っていうか、なんでか分かんないけど怖い。 「どういう…事?」 「鬼に捕まったら命はねぇって、そういう事だろ」 「じゃ、じゃあ…劉も納得してるって事!?」 「さあな。納得できる出来ねぇじゃねぇよ。劉は逃げきれなかったって、ただそれだけだ」  辰巳さんの口振りは、俺にはなんだか悲しそうに聞こえて仕方がない。どうしてなのかは、分からないけど。 「鬼に捕まる前に、見つけ出したかったんですがね…。申し訳ありません」 「仕方がねぇよ。一度表に出ちまえば、俺やお前にどうこう出来る問題じゃねぇ」  言いながら煙草を咥えた辰巳さんは、座席に戻ると背もたれに荒く背中を預けた。それを俺が見ていれば、チラリと横目で見られる。見るだけならまだしも、明らかに呆れたような溜息を吐かれて、何かを言いたそうにしてるから困る。 「な、なん…ですか…」 「お前、ホントに使えねぇな」 「なんでっ!?」 「ホスクラのボーイやってて火も差し出せねぇとか、向いてねぇんじゃねぇのか?」 「ッ!!」  仕事中じゃないと、そう言い返してやりたい気持ちはやまやまで。だいたい俺は煙草を吸わない。だから店の中以外ではライターなんて持ってなかった。  ――てか今さっきまで真面目な話してたのに何で急にそんな俺にイチャモンつけるんだよこの人!! 「煙草吸わないんでライター持ってません…っ」 「はぁ? 尚更使えねぇなぁ」  自分で火を点けながら言う辰巳さんを、俺は思わず睨んだ。  ――持ってるなら最初から自分で点けろよっ!  ライターがないとかならまだしも、持ってるのに他人に火を点けさせようとするなんて信じられない。しかもそれを使えないって、この人どういう神経してるんだろうか。 「ったく、これだから堅気のガキはよ…」 「んな…っ!?」 「そもそもお前、人にもの頼む態度がなってねぇだろう」  ふぅ…って、めちゃくちゃ俺の顔めがけて煙草の煙を吐きかけられて、思わず噎せる。っていうか、何で急にそんな事をこの人は言い出したんだろうか。それが謎だ。  ちょっと前までは真面目な感じで兄貴と話してたのに。と、そんな事を思っていれば、また煙を吹きかけられる。 「ちょ…っ、何でそんな嫌がらせするんですか!」 「はッ、クソガキが気に入らねぇからだろ」 「な…っ、そっちこそ大人げないんじゃないですか…!?」 「あぁん?」  まさしく、『もういっぺん言ってみろ』って顔して見られた俺は、思わず固まる。勢いで言い返してしまったけれど、この人ってヤクザの親分さんだった…。迫力が、半端ない。  ――や、やばい…。劉の事とかで頭いっぱいで忘れてたけど、この人怖い…。  思い出してしまったら睨み返す事も出来ない俺は、きっとヘタレだ…。  ――もの頼む態度…っ? お願いしますって、土下座しろって事!? でも今更遅いよね!?  考えだしたら止まらなくなって、あわあわと慌ててれば兄貴の声が聞こえてきた。 「若…、そろそろ」 「あー」  辰巳さんは気の抜けたような返事をしてるけど、俺は心臓がバクバク言い出してどうしようもない。  街中で劉を見かけたときは夢中だったけれど、二人ともマフィアなんだって知った今、怖くないって言ったら嘘になる。兄貴も辰巳さんもいるけど…。  ――嘘でもいいから大丈夫って安心させてくれてもいいじゃん!  堂々と『敵う訳がねぇだろう』って、ちょっと酷過ぎじゃないかと、今になってみれば思う訳で。  そうこうしてれば車が静かに停まって、俺は思わずビクッと躰を強張らせてしまった。まあ、案の定辰巳さんに気付かれて鼻で笑われたけど。  運転席を降りた兄貴がわざわざ回り込んで後ろのドアを開けるまで、辰巳さんは自分から降りる気配もない。なんだかこういうの、Vシネマとかでよく見るけど、本当にあるんだ…なんてちょっとドキドキしてしまう。なんかもう、そういう映画の中みたいなことを目の前でされると、反応に困るよね。  だいたいそういうのに出てくる人って、辰巳さんみたいに偉い人だし、俺みたいななんか一般人とかどうしたらいいのか分かんないっていうか…。  ――ヤクザに連れ回されたら…? うん。震えてても俺おかしくない。間違ってない。  俺たちの乗ってきた車の他、先にもう一台停まってる車を見て、思わず俺はナンバープレートを二度見した。青くて細長い、外交ナンバーってヤツだ。  ――え…、マフィアって…外交官とかにもなれちゃうの!? てかマジあの人何者なの怖い…。  先に降りた辰巳さんは、そんな事気にした様子もなくて。もちろん後から降りる俺の事なんかも気にしないでスタスタと建物の中に入って行ってしまう。慌てて後を追おうとした俺だけど、入口で兄貴に肩を掴まれた。 「要、分かってるとは思うが、さっき若が言った事は誰にも話すなよ。本人にもだ」 「う、うん…」  もの凄く真面目な顔で兄貴に言われて、俺は怖くなって何度も頷いた。  劉の事があってから前よりは話したりするようになったけど、兄貴がヤクザだってのは変わらない。それに、なんか今は大変な事になってるけど、俺は平凡な人生を生きていきたいタイプな訳で。
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