恋、しちゃいました。

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 兄貴と一緒に建物の中に入れば、中は結構静かだった。っていうか、本当に俺たち以外に人がいるのかなって思うくらい静かだ。  ――ここまで来て劉が居ないとか言わないよね!? いやでもきっと、兄貴と辰巳さんが間違えるはずないし…。  建物の大きさの割にあまりにも静かで、段々不安になってくる。それとも、防音とかされてるんだろうかと、そう思ってから俺は、それはそれで怖いからやめて欲しいって本気で思った。怒鳴っても叫んでも誰にも聞こえないとか怖すぎる…。 「ね、ねえ兄貴…、ここって俺が連れてこられた場所じゃないよね…?」 「ああ」  思い出した記憶にあった光景は、なんか潰れた会社みたいな感じだったけど、ここはなんか普通の家。というか別荘? みたいな感じ。  急にバタンッて音がして、俺は飛び上がるほど驚いた。っていうか、躰がビクッてなったのは、しっかり兄貴にバレてるみたいで、宥めるように頭を二回叩かれた。 「なに…」 「ドアが閉まっただけだろう」  そう言ってあっさりと音のした方に行ってしまう兄貴の後を追いかける。  兄貴がドアを開けると、辰巳さんの背中の奥にあの男が居た。フレデリック。 「随分大仰なお迎えだね、辰巳」 「お前が要らねぇモンまで拾うからだろぅが」 「引っ付いてて離れなかったのは彼で、僕は悪くないよ」  こんなふうに…。って、そう言いながらフレデリックはいきなり辰巳さんを目の前から抱き締めてた。  ――なっ、なに!?  慌てて俺が隣を見ても、兄貴にはまったく驚いてる感じはなくて。辰巳さんも気にせず話し掛けてる。 「そんで? 本体はどこにいんだよ」 「目の前に僕がいるのに、キミは他人の事ばかり考えてるなんて…嫉妬しちゃうね」 「阿呆か。邪魔者追い出してやっからさっさと教えろって言ってんだ」  ――え? は? なんなのこの人たち!?  なんかもう、甘いっていうか、辰巳さんの口調とか完全に恋人に向ける感じ。しかも金色の髪の毛くしゃくしゃして遊んでるし!!  フレデリックはフレデリックで辰巳さんの首とかにほっぺすりすりしたりしてるし!!  もうなんか一瞬にして二人の関係を悟ってしまった俺が驚いてれば、フレデリックが顔を上げてこっちを見た。 「地下で、寝てるんじゃない?」  しかも俺の事みてクスッて馬鹿にしたように笑ったからなんか腹が立つ。今に始まった事じゃないけど、この人会った時から人の事馬鹿にしてるみたいにヘラヘラしてて、俺が絶対好きになれないタイプだ。 「今度は何も持ってこなかったんだね。また持ってきたら遊んであげようと思ったのに…残念だな、設楽尊クン?」 「勘弁してください。自分じゃ遊び相手にもなりませんよ」 「ふぅん? まあいいけど、僕は辰巳と二人きりになりたいな。餌はあげるから持っていきなよ」 「ありがとうございます」  兄貴が頭下げてる目の前で、フレデリックはシッシッて、犬とか追い払うように片手を振ってた。なんかもう、腹立つの通り越して唖然とするしかないっていうか…。俺には何が何だか分からない。分かったのは、このムカツク金髪のフレデリックと、辰巳さんがきっとそういう関係だって事。しかも兄貴もそれを知ってるって事だけだ。  ――俺の車の中での緊張感返せっ!!  そう思うけれど、もちろん言える筈なんてなくて。俺は兄貴に腕を引かれて地下へ連れていかれた。  地下だからか、階段を下りてくにつれてひんやりしてくるような気がする。階段を降りきったところにドアが一つだけあって、鍵はかかってなかった。兄貴がドアノブを捻ったら、すぐにドアが内側に向かって開く。 「りゅ、劉…?」  恐る恐る名前を呼ぶ俺の横で兄貴がなんだか壁を探ってたけど、次の瞬間パッと目の前が明るくなって、俺は思わず息を呑んだ。  コンクリートに囲まれた何もない部屋。その真ん中に、劉が倒れてた。 「劉…っ、劉ッ!!」  俺が最後に見た時と同じように、腕は腰の後ろで縛られたまま。はだけてただけだった服はほとんど腕のところに絡みついてるだけで、完全に上半身が露になってる。  駆け寄って名前を呼んでみても劉は反応してくれなくて、どうすればいいのか分からなくなった。抱き締めて名前を呼ぶ事しか出来ない俺の目の前で、兄貴が劉の腕を解いてくれる。 「劉…劉…っ」 「意識を失ってるだけで問題はない。それより少し離れろ要、運んでやるから」 「ん…」  本当はまだずっと劉の事を抱き締めていたかったけど、こんな場所に長い時間居たら風邪をひいてしまうかもしれない。ゆっくり劉から離れれば、兄貴は上着をかけた劉の躰を軽々と抱き上げてしまった。 「ねえ兄貴…、ホントに劉大丈夫…? 死んじゃったりしないよね?」  劉を抱えたまま降りてきた階段を上がる兄貴に、どうしても不安で聞いてみる。 「大丈夫だ。そんなに心配なら医者に行けばいい」 「うん…」  返事をして、俺は兄貴の大きな背中を上目遣いに見つめてた。  信じられないとか、結構酷い事を兄貴に言った自覚があるのに、当の兄貴は全然そんな事なんて気にした様子もない。謝らなきゃって思うけど、俺はなかなかタイミングが掴めないままで。  兄貴に先に乗れって言われて俺が後ろの席に座れば、劉の頭を膝に乗せてくれた。 「ありがと…」  小さく呟いたら頭をくしゃって撫でられて、何だか恥ずかしくなって俯いてしまう。怖い怖いって思ってた兄貴がこんなに優しかったなんて、こんな事がなければ絶対知らないままだったと思う。  後部座席のドアを閉めてくれて、運転席に乗り込んだ兄貴は何も言わずに車を出した。きっと辰巳さんは、あのフレデリックって人と一緒に戻ってくるんだろう。 「辰巳さんと…あの金髪の人って恋人? だから兄貴は俺が劉の事好きだって言っても驚かないって言ったの?」 「ああ」 「そっか…」  敵わないって堂々と言ってたくせに、恋人ならそりゃどうにかしちゃうよねって、そう思う。何だかめちゃくちゃ甘い雰囲気だった二人を思い出して、俺は顔が熱くなるのを自覚しながらも膝に乗ってる劉の顔を見た。  ――劉が目を覚ましたら…、ちゃんと全部話そう。  そんな事を思ってた俺は、不意に沸きあがった疑問に顔を上げた。兄貴…と、そう声をかければバックミラーの中で視線がチラリと動く。 「兄貴って…劉があの人に何したのか……知ってる…?」 「何があったのかまでは知らない。ただ、若を攫ったのは劉だ。それがフレデリックの逆鱗に触れたんだろう」 「攫った…? 辰巳さんを、劉が?」 「ああ」  ――何それどういう事? 劉が辰巳さんを誘拐したの? それであの人はあんなに怒ってるの? やっぱ劉の方が悪者なの?  聞くんじゃなかったなんて少しだけ後悔しながら、でも何も知らないまま劉から話を聞くよりは、心構えっていうか、気持ち的に余裕ができるんじゃないかって思えば兄貴に聞いておいた方がいいかなって結論に至る。 「お前は聞いちゃいなかったからもう一度教えておくが、劉は『四竜』(シリュウ)って中国マフィアのトップだ。うちと長らく揉めてたんだが、親父から若に代替わりしたってんで手打ちの話を持ち掛けられたんだ。だが、その直前に劉が若を攫った」  淡々と兄貴は言ってるけど、俺って今とんでもない事聞いた気がする。今兄貴、劉の事マフィアのトップって言ったよね。トップってボスって事だよね!? 俺ってばもしかしてとんでもない人を好きになってたって事!?  なんかもう、何が何だか分かんなくなってきたけど、でも兄貴の話からしたら、やっぱり悪いのは劉なんじゃないかなって、俺も思う。 「でっ、でも、辰巳さん無事だったんでしょ!?」 「戻ってきたって点ではな」  兄貴の言いたい事は、何となく分かってしまう。だって無事だったからって、ヤクザの親分さんを攫っておいて何もないはずなんてない。ごめんなさいって謝ったって、ヤクザとかそういう人たちにはメンツっていうのがあって…。 「じゃ、じゃあ何で兄貴が劉の事面倒見てたの? おかしいじゃん」 「若に頼まれたからとしか言えんな。劉の元から若を連れ戻したのはフレデリックだ。だから詳しい事情は俺にも分からない。情けない話だが、あん時の俺らは連中の拠点を調べるくらいの事しか出来ちゃいなかった。若いのを走らせる前に、フレデリックはもう若の居場所を突き止めて連れ戻してたんだ」  その時に、劉はどうやら辰巳さんと一緒に連れてこられたらしい。手の怪我も、兄貴が呼び出された時にはもうしてたんだって、その後兄貴は教えてくれた。  ――って事は、劉に怪我させたのって…あの人なの?  すごく楽しそうに笑いながら酷い事を平気で言うフレデリックを思い出して、俺はゾッとした。あんな風に笑いながら劉の両手に怪我をさせたんだろうか。そう思ったら、どれだけ劉は怖い思いをしたんだろうって、可哀相になってくる。  ふと気付いて劉の両手を見れば、前よりはだいぶマシになったけれどやっぱり未だ両手に包帯が巻かれてて、ほつれて取れそうになってた。直そうと思って手をとれば、案の定包帯が床に落ちて俺は慌てる。 「あっ」 「どうした」 「劉の包帯取れかかって…」  兄貴に言いながら直そうとすれば、今度は劉の手を挟んでたガーゼまでが落っこちる。 「ああ…っ」  自分の不器用さ加減を呪いながらも悲壮感漂う声を漏らせば、兄貴が呆れたように車を停めた。 「何をしてるんだお前は…」 「うぅ…ごめんなさい…」  運転席と助手席の間から上半身を乗り出すようにして振り返った兄貴は、けれども劉の手を見てあっさりと前に向き直ってしまう。声をかける間もなく触るなと一言言われて俺が返事をすれば、兄貴は再び車を出した。   ◇   ◆   ◇  カーテンの隙間から見える景色があっという間に明るくなって、俺はベッドの上でどんよりと朝を迎えた。まったく、寝れてない。  兄貴と一緒に劉を連れて帰ってこられたのはいいけれど、病院に行っても兄貴のアパートに着いても、劉は目を覚まさなかった。意識が戻ったら連絡してやるって兄貴は言ってくれたけど、気になって気になって寝てるどころじゃない。  ――眠い…。でも寝れない…。  今なら眠れそうな気はしてる。でも、寝てる間に劉が目を覚ましたらどうしようって思ったら今度は睡魔と戦う羽目になった。  ベッドの上で膝を抱えてた俺は、シャワーでも浴びれば少しは目が覚めるかと立ち上がる。途端にクラッと視界が揺れたような気がして、慌ててその場にしゃがみ込んだ。  ――シャワーの前に飯かな…。  狭いワンルームのキッチンには冷蔵庫を置くスペースなんてない。部屋の片隅を占拠してる冷蔵庫の扉を開けて、予想してた現実に俺はがっくりと項垂れた。家事なんて得意じゃない俺が冷蔵庫に入れてるものなんて、飲み物とマヨネーズくらいしかない。覗いたついでに中身がないのに何でか冷蔵庫に入れたままの卵のパックを引っ掴んでゴミ箱に入れる。  ――なんで捨ててないんだよ俺!!  使い切った時に捨てればいいのに何で冷蔵庫にパックだけが残るんだろうって、自分のした事なのに不思議に思う。けれどきっと、その時の俺はもの凄く疲れてて、卵だけ取り出したに違いない。 「腹減った…」  外に買い物に出るのも面倒でやっぱりシャワーを浴びようかと考えてれば、枕元のスマホがメールの着信を知らせる。のそのそと床を這って手を伸ばせば、指先に硬いモノが触れる。  取り上げて見ればメールは兄貴からで、まだ劉の意識は戻ってないけど仕事があるから代わりに付き添えって書かれてた。当然、そんなメールを見た俺は眠気も怠さも一瞬にして吹き飛んだ。勢い余ってコケそうになりながら立ち上がり、下駄箱の上のキーケースを握って家を出た。
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