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BL短歌+小説本「土曜日の夜」サンプル1
●小林渡サンプル3つ(作者:佐原輔)
【それぞれの手のなかのもの見せあっておれたちはいま別れはじめる】
高校のころ好きになった音楽をいまも好きでいる。
「まだそれ聞いてるんだ。懐かしい」と、ときどき驚かれる。
まだそこにいるのかと言われているようだ。
おれはまだここにいる。
雨は激しさを増していく。
サイドミラーは雨粒まみれ、フロントは滝、おれは湿っぽいハンドルを握っていた。車体はクリープ現象だけでじりじりと前へ進む。道は混んでいる。数キロ先の駅が遠かった。
「雨すげえ。なんかアトラクションみたい」
無邪気に身を乗り出す助手席の男を、危ないからやめろと腕で制する。
「風もめっちゃ強いし、電車止まっとるかもしれん」なんでそんなに楽しげなんだろう。
高校の同級生だったこの男とはクラスも部活も違ったけれど、共通の友人がいたとか、合同の体育だとかで知りあって、いつのまにか話をするようになった。
おれは県内、こいつは県外の大学へそれぞれ進学した。会うのは正月ぶりだ。
就職のためおれはこの街を出る。こいつはこの街へ帰ってくる。すれちがいだなとさっき笑いあった。
「渡が東京行くんかあ」
そんなに意外かとたずねると「いや、ぜんぜん意外じゃない。やっぱりなってかんじ」。どんなかんじだよ。
雨を見るのにも飽きたのか、ダッシュボードの小物入れからおれのipodを引っ張り出して勝手にさわりはじめた。
「新しいプレイリストってなに。最近の曲ってことなの」
そうではないと説明するよりも先に、目の前のスピーカーから曲が流れだす(ipodと車のスピーカーをつなげているのだ)。
十代のころ何度も聞いた曲だった。レコードじゃないから擦り切れたりしないけれど、でも、なにかが擦り切れそうになるくらい聞いていた。
「これ、わかった、おまえがよく聞いとったやつだ」
急に答えを見つけたように男はよろこんだ。「帰り道いつもイヤホンつけとったろ。そんとき遠くから見る顔好きだったんだ。いま、おんなじ顔しとるから、わかった」
こいつがなんで笑ってくれるのか、いつも、ずっとわからなかった。
でも好きだった。
おれだって好きだった。
視界不良。暴風雨。密室の車内で、はじめて手をつないだ。
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