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男は両腕を後ろ手に縛られると、一筋の冷や汗を垂らした。そうして、怯えた両目で愛しい男を見やる。
「…僕、怖いことしか思いつかないんだけど…」
声ははしたないほど震えていた。常軌を逸した目の前の男が一体、これから何をやるのかが分からない。違う。想像がついてしまうから、怖くて仕方がなかった。自分の愛ではもう。きっとこの男は、治らない。今は自分を見てもくれない。
不意にスパッと音が聞こえたかと思うと激痛が走り、悲鳴を上げた。
縛られた右腕を二の腕部分から一気に切り落とされていた。
真っ赤な鮮血が勢いよく吹き出す。鋭い痛みに、頭が警告音を鳴らして、ガンガン五月蠅い。痛い。自分がおかしくなりそうだ。そうして、ぐらっと体が傾いたかと思うと、さらに男は「あ。」と思った。思ったが、腕を縛られ、さらに切り落とされた自分の今の体勢ではもう無理だと悟った。
男は微笑んだ。
ただ愛しい男へ微笑みを向けた。
重い音が聞こえた。
「…どうした?」
腕を切り落とした男は、その音にようやく異変を感じた。微笑みを向ける頬にそっと優しく両手を添える。
そして、あまりにも軽すぎるその顔に男はハッとした。
「……なんだ、体が…。ああ…落ちちゃったのか…」
微笑んだその顔は、すでに胴体から離れていた。部屋の中を見れば、胴体の近くにあった電気のヒモが赤くなっていた。ピアノ線で長く補強したものだった。腕を切られ、体勢が整えなくなった時に、たまたまピアノ線が首に巻きついてしまったらしい。
男は軽くなってしまった恋人を見つめる。男へ向けられた優しい微笑みを受け止める。
そっと男は、まだ温もりの残る柔らかな唇へ唇を重ねた。
そして、唇を離すと、とても満足そうな笑みを恋人に向け、つぶやいた。
「愛してるよ」
END
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