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人間嫌いの隣人は、動物にはやけに優しい。一通り泣き終わると、仕事が忙しいはずなのにマンションの裏にある敷地にウサギの墓を作りに行った。俺はただその後をついて行った。土を掘り、その穴にウサギを詰めて、土を男が被せた。元の形よりもこんもりともりあがった土が、その下になにかが埋まっているのを教えてくれる。そして、男は手を合わせてウサギの冥福を祈っていた。
俺はずっとその後ろ姿を見ていた。
祈りが終わると、そのままマンションに戻った。戻るまで、否、墓を作る前から、俺たちは何も言わなかった。そして、部屋の前に来た時、俺が口を開いた。
「……今日は、来ないのか?」
隣人は冷めた視線を寄越した。ウサギを憐れんだ瞳は、もうそこにはない。何も言わず、男は隣の自分の部屋に入っていった。
俺は、部屋に入るとシャワーを浴びようと脱衣所に入った。ワイシャツを脱ぎ捨てる。ふと鏡に映った自分の姿が見えた。体中に散らばっていた傷痣は、もう消えていた。愛された跡ではなく、殴り蹴られた跡だ。
胸や腹を撫でる。そこにあったはずのモノを探すように、自然と指が流れていく。
残っていたはずの痕は、すべて消えていた。
新しく生み出された細胞が、証を跡形もなく塗りつぶしてしまったからだ。
ぐっと皮膚に爪を立ててみる。もしもこのまま皮膚を破れば、その下に傷跡は残っているだろうか。フッと一つ苦笑した。
残っていたところで、既にそれは自分の望んだモノではない。
望んでいるのは、消えてしまった過去なんかではなく、未来だからだ。過去は寂しさを埋めてはくれない。己にその深さを思い知らせるだけだ。
脱衣所から出ると、空のゲージが目に入った。
ウサギはもういない。
寂しくて死ねるなら、俺はとっくに死んでいる。
寂しさで死んだウサギが、俺は羨ましくてたまらなかった。
END
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