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男は、愉快で、愉快で、愉快で、たまらなかった。
笑い過ぎて生理的な涙が、頬を伝い、それは紅に溶けていく。
愉快で、愉快で、愉快で、そして、酷く嬉しかった。
(―――――ああ。愉快だ。)
己を殴り、切りつけ、ただ激情に任せて踏みつぶしていった相手の顔が蘇る。
黒々とした双眼は細まり、口角は上がり―――――笑っていた。
今の己と同じように。
己から解放されると、そう安堵して。
(――――愉快だよ、本当に。)
男はその表情を嘲笑う。
何故なら、その表情はすぐに消えると分かっていたからだ。
苦痛にもがき、それは醜く歪むのであろう。これからずっと、いつまでも。
(――――お前は何も分かっていない。)
男はこのまま、ここで―――誰も来ることのない林の中で――――、息絶えるであろう。
誰にも、否。
ただ一人が知るこの場所で。
この事実は、ただ一人が抱え込む現実なのだ。
誰にも話せず、誰にも気づかれず、
ただ一人。
(孤独の中で、お前は、俺を想うしかないのだ。)
男は死に、肉体的に解放されたとしても、その罪は一生消えることなく、相手に纏わりつく。それは決して、薄れることはない。
時が経てば経つ程、忘れようと願う程、深く深く、心の臓の奥の奥まで、刻み込まれるだろう。激しい後悔と共に。
一度持った感情は、決して消えることはない。
記憶は薄れたとしても、感情だけはただ深く、濃く、己に浸透していくのみだ。
(―――お前も、分かる時が来る…。)
男を殺したことは、決して己の救済ではないと。
己を永遠に縛り付けるだけのことだと。
(もうお前は、俺を忘れられない――――。)
お前の思考、感情、行動、全ては、俺を殺した事実によって構成される。
お前は自分から、自分の逃げ道を断ったのだ。
そうして、いつまでも、いつまでも、憎悪し、嫌悪し、苦しめ。
深くなればなる程、お前の四肢は雁字搦めに縛られる。
『俺』という存在に――――。
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