4人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
「…、…、…、…、…、」
男の笑いは止まらない。
血の気の失せた顔面は青白く、紅とのコントラストを強調するようだ。
それでもそれは、生気に満ちていた。
男の人生の中で、最も美しく、最も安堵した表情であった。
男に向けられた感情が、憎悪であろうと、嫌悪であろうと、何でも良かった。
ただ感情が、激情であれば何でも良かったのだ。
欲しいものは、柔らかく優しい感情などではない。
息もつけぬ程の奔流が―――己と同じ激しさが―――欲しかった。
それが男にとっての、『愛』であったからだ。
もしも、それが『愛』ではないというのならば、男は『愛』など知らなくてよいと思う。
そして、また。
それが『愛』という名である必要もなかった。
なぜなら、どのような名であれ、それが存在していることは紛れもない真実であるのだから。
名をつけたところで、変わりようなど、どこにもない。
「…、…、…、…、」
男は笑い続ける。
愉快でたまらないのだ。
しかし、男の肺も、心臓も、その活動を静かに弱めていく。
死は近い。
そして、男が一生をかけて探し求めたモノが手に入るその時も。
「…、…、…、………………――――」
小刻みに震えていた身体は、ゆっくりと動きを止め、上下に動いていた胸は沈むように茂みの上に横たわった。
男の双眼は、ただ空を見ていた。
否、そこに空はなかった。青々しい葉がそれを阻んでいたからだ。
それでも男の瞳は空を見ていた。
それは男にしか見えない、それを阻む葉よりも青い青い限りなく続く空だ。
その日、初めて男は、深く安らかに眠った。
END
最初のコメントを投稿しよう!