空ーkaraー

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「…、…、…、…、…、」 男の笑いは止まらない。 血の気の失せた顔面は青白く、紅とのコントラストを強調するようだ。 それでもそれは、生気に満ちていた。 男の人生の中で、最も美しく、最も安堵した表情であった。 男に向けられた感情が、憎悪であろうと、嫌悪であろうと、何でも良かった。 ただ感情が、激情であれば何でも良かったのだ。 欲しいものは、柔らかく優しい感情などではない。 息もつけぬ程の奔流が―――己と同じ激しさが―――欲しかった。 それが男にとっての、『愛』であったからだ。 もしも、それが『愛』ではないというのならば、男は『愛』など知らなくてよいと思う。 そして、また。 それが『愛』という名である必要もなかった。 なぜなら、どのような名であれ、それが存在していることは紛れもない真実であるのだから。 名をつけたところで、変わりようなど、どこにもない。 「…、…、…、…、」 男は笑い続ける。 愉快でたまらないのだ。 しかし、男の肺も、心臓も、その活動を静かに弱めていく。 死は近い。 そして、男が一生をかけて探し求めたモノが手に入るその時も。 「…、…、…、………………――――」 小刻みに震えていた身体は、ゆっくりと動きを止め、上下に動いていた胸は沈むように茂みの上に横たわった。 男の双眼は、ただ空を見ていた。 否、そこに空はなかった。青々しい葉がそれを阻んでいたからだ。 それでも男の瞳は空を見ていた。 それは男にしか見えない、それを阻む葉よりも青い青い限りなく続く空だ。 その日、初めて男は、深く安らかに眠った。 END
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