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「あー…これは、あばらにヒビが入ってんねぇ。」 老眼鏡の中にある皺だらけの小さな目を、さらに小さく細めて医者は言った。黒地に白く浮かび上がった部位に、見事に割れ目が写っている。 「あ、そうですか。どうにも痛ぇからそうかなぁーとは思ってたんですよねぇ。」 ハハハと笑おうとして激痛が走った。痛みでわずかに前かがみになる小沢の姿に、医者は呆れ顔だ。 「まぁ、折れちゃあいないからね。別に薬飲んで安静にしててくれれば、すぐに治りますよ。ただねぇ…」 罅が入っているだろう胸の方へ視線をやり、勿体ぶった様子で言葉が止められた。すでにワイシャツを着ており、その下は一切見えない。 「あれかね。喧嘩かね?結構、他にも痣とかあったけどね。」 それとも他に何か理由があるのではないかと、その視線は語っている。その勘繰りを消すかのように、苦笑しながら明るい声音で小沢は言った。 「あー、そうなんですよ。喧嘩、っつーか…ほら、酒で、ね。酒が入るとこう…自分がデカくなったような気ぃするじゃないですか?それで、なんか、友人とちょっと…。」 「ああ、ああ、あるねぇ。でもねぇ、もう社会人になってるんだからね。学生じゃあるまいし…。せめて、アバラにヒビが入らない程度にした方がいいんじゃないですかね?」 「そうですねー。これを機に禁酒でもしますよ。」 会計を済ませ、病院を出る。いちいち五月蠅い医者だったなと皺くちゃな顔を思い出しながら看板を見やる。次になにかあった時には、もうここに来ない方がいいと思いつつ歩き出した。五月蠅い医者だったが、年を重ね経験を積んでいるせいか感が良すぎて困る。咄嗟にアルコールのせいだと嘘を言ったが、本当に信じてもらえたかはわからない。もしも、次にどこか怪我をして痣だらけの体を見られたら、きっとあの医者は核心をついてくるだろう。 そんなことを考えながら大通りに出ると、向かいからくるタクシーへ停まるように手を挙げた。乗り込んで自宅の住所を告げると、細心の注意を払って椅子に座る。ズキっと痛みが走った。 これでまた一つ自分が通えない病院が増えたと、小沢は痛みを感じながら思った。
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