1

9/9
前へ
/24ページ
次へ
 耐えきれなくなったのか、踵を返す。だが二歩目を踏み出すよりも早く、フードの男が目の前に回り込んでくる。ドスン、という衝撃を感じて、恐る恐る視線を下げると、自分の腹にナイフの柄が突き立っているのが見えた。徐々に赤く染まるスーツを驚愕の眼差しで見つめ、その表情のままずるずると崩れ落ちた。投げ出した左手の指が一度、ぴくりと動いたのを最後に、路地を真っ暗な静寂が包んだ。 「お疲れさまでした、来須さん」  闇の中から夏秋が現れた。地面にうつぶせで横たわる石上を足でひっくり返すと、軽く屈んで完全に息絶えていることを確認する。 「あっちの二人は?」  少し離れた所に倒れているSPを示す。 「伸してあるだけだ。掃除屋に任せる」 「そいつらならもう呼んであります。さっさとここを離れましょう」  死体や現場の処理は自分たちの仕事ではない。後始末を専門にする、“掃除屋”と呼ばれる者たちが存在する。あの二人の事も、彼らが上手く誤魔化してくれるだろう。もちろん、殺す以外の方法で。  角を曲がったところに、小型のバンが停めてあった。夏秋が運転席に、来須は助手席に乗り込む。 「そういえば、どうでした? 消防車。タイミングばっちりだったでしょ」 「ああ」 「ちょっと、それだけですか? もっと褒めてくださいよ」 「……よくやった」 「うわ、素直に褒める来須さんとか気持ちわりぃ」  投げやりな来須の言葉に、夏秋はケラケラと笑った。来須は右側の席を鋭く睨むが、夏秋は気にした風も無くエンジンをかける。ゆっくりと走り出した車は、二人の殺し屋を乗せ、夜の闇の中へと消えていった。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加