リトル・ルーシカ

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 リトル・ルーシカは「螺子巻書店」と書かれたブリキの看板がかかっていた書店の前で立ち止まりました。看板は少し右下に傾いておりました。彼女は照明のない暗い店内をのぞき込み、そして二、三歩中に入ると、薄暗い書棚の列の中から色が変わりかけている革の本を引っ張り出しました。その本は金箔押しで『悪夢から目醒める方法』と書かれておりました。彼女が中身を読もうとページをめくると、丸眼鏡で髭面の、螺子巻書店の主人がのっそのっそとカウンターの奥からやってきて 「こらこら、本で遊んではいけないよ」  リトル・ルーシカに注意しました。 「読んではいけないご本なの?」  彼女は尋ねます。 「そういう問題ではなくてね、おじさんの書店は学者先生方しか読めないような本しか置いてないんだよ。君みたいなこどもに読めるような本じゃないんだ」  螺子巻書店の主人の言葉にリトル・ルーシカは言い返しました。 「嘘だぁ。だって私、読めるもの」 「なんだって?」  主人は目をしばたたかせて素っ頓狂な声を上げました。 「悪夢から目覚める方法、著者ユーリ・ペトルーシカ。この本は私の生涯の研究であった悪夢についての論文八九本を収録し、大幅に加筆修正を行ったものである。これらの論は私が没すると同時に出版される手はずになっており、これはニジンスキー氏の多大なるご助力のおかげてある……でしょ?」  リトル・ルーシカが事も無げに読み上げると、螺子巻書店の主人は口を開けたまま次の言葉をしばらく紡ぐことができませんでした。なぜならリトル・ルーシカが読み上げた本は、解読できる研究者が世界にわずか数名しか残されていない、滅んでしまったと言っても過言ではない文明の文字で書かれていたのでございます。そして螺子巻書店の主人はその数少ない研究者の一人であり、リトル・ルーシカがでたらめなことを言ったのではないとすぐにわかったのです。
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