リトル・ルーシカ

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 それからというもの、リトル・ルーシカは螺子巻書店の小さな居候になりました。彼女は店のことを手伝おうとするのですが、螺子巻書店にはほとんど人がやってきませんでした。だから暇な時間を使ってたくさんの本を読み、書店の主人と会話をするというのが彼女の一日のすべてでございました。まれに遠方から汽車でやってくるお客様を駅までお迎えして案内する仕事もございましたが、リトル・ルーシカが一六歳になるまでの間に、その仕事を体験した回数は両の手で足りてしまうほどでした。  書店の主人はもともと本屋ではなく、滅びゆく文字文明の研究者でございました。その滅びゆく文明は「私たちが忘れてしまったこと」を収めた書物を残しておりました。その内容について、私はリトル・ルーシカから詳しいことをお聞きすることができませんでしたが、螺子巻書店の主人はその知識を現在に蘇らせることでお金を得て、店の経営や生活を維持していたのでございます。彼が小さな思慮深い目で古びた本のページをめくり、口元にたくわえた髭をいじり始めると、そっと隣の小さな丸椅子から立ち上がってコーヒーを淹れるのがリトル・ルーシカの日課でございました。  リトル・ルーシカが乙女とも少年とも呼べるような、不安定な美しさを持って成長したある日のことでございます。彼女がいつものように書店の主人のためにコーヒーを淹れていると、店先で 「やあ、いい香りだなぁ!」  陽気な若い男の声が聞こえました。その声は静かな店内によく通り、本棚と本棚の間を反響し合い、何人もの人間がコーラスをつけたような不思議な色合いを持って彼女の耳に届きました。革靴の音が陽気な声とは違って控えめな音で近づき、どこかの舞踏会へ行く途中なのではないかと思うような、隙のない正装をした男性がリトル・ルーシカの視界に入りました。 「ここはカフェもやっているのかな、ミスター?」 「ああ、いや。これは娘が淹れてくれているだけでね。私専用さ」 「それは残念。そうだ、この辺りに希少な文字に関する文献を扱う書店があると聞き及んだんだが、ご存じないかな」  書店の主人とリトル・ルーシカは顔を見合わせました。どうやらこの陽気な青年が、滅多に現れないお客様であるのだと気がついたのでございます。
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