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「おい、ふざけているのか」
言葉とは裏腹に危機的状況にあるのではないかと内心思っていた。ふざけてくれていたらいいのだが。まさか、死んでいるなんてことは……。すぐにかぶりを振り嫌な考えを捨てた。
若丸と呼ばれた柴犬が大翔の顔をみつめている。女性と目が合い、緊張感が高まっていく。変なこと口にするなよと思いつつゆっくり跪き大翔の胸に耳を当てた。
心臓の鼓動がした。
大きく息を吐き、安堵する。
「大丈夫です。大翔くんはそのうち目を覚まします」
女性が優しく微笑んだ。なんとも癒しのある笑顔だ。けど、なぜ大翔の名前を知っているのだろうと疑問が湧き起こる。
「あの、あなたは大翔の知り合いですか」
「知り合いと言えばそうなのかもしれません。この狸もね」
なんだか含みのある言い方だ。怪しくないか。
んっ、狸!?
卓史は柴犬へと目を向ける。一瞬、笑みを浮かべたように思えたが、犬が笑うはずがない。待てよ、笑う犬もいるのかも。何を考えている。そうじゃないだろう。こいつが狸だというのか。まるまるした身体で狸と言われるとそうかもしれないと思えなくもない。けど、狸と犬の見分けくらいできる。どう見ても、柴犬だ。
やっぱりこの女性とはあまりお近づきになりたくないかも。根拠もないのにそのうち目を覚ますなんて言い切ったことも疑わしい。
「眉間に皺が寄っていますよ。そんなに怪しまないでください。わたくしは静といいます。何も悪さをしようなどとはいたしませんよ」
しまった怪しいとの思いが顔に出ていたらしい。それにしても、丁寧な話し方する人だ。同い年くらいかと思ったがもしかしたら年上なのかもしれない。
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