13人が本棚に入れています
本棚に追加
シズカというのか。目を合せてしまうと心を持っていかれそうになる。笑顔の素敵な女性っていいよな。ダメだ、ダメだ。それがこの女性のやり口かもしれない。油断するな。いい人かもしれないのに、なぜかそう思ってしまった。普通の人とは違う気を纏っているせいだろう。
「大翔、おい、大翔」
「この子は少し休ませてあげたほうがいいですよ。ねぇ若丸」
やっぱりこの柴犬は若丸というのか。なら狸のはずがない。
若丸は大翔の顔をペロリと嘗めた。
「これ、いけませんよ」
静はそう言いつつも大翔の髪を撫で始めた。
「ちょっと、いったいあなたは誰なのです。あなたこそ触らないでください」
早くここから大翔を連れて立ち去ったほうがいい。卓史は大翔を抱き上げ背を向けた。
「信じてくれないのですね。わたくしたちは守りたいだけなのですよ」
背後からの言葉を無視して歩み進める。
卓史はふとあたりの様子が一変した気がして振り返った。そこにいたはずの静と若丸が消えていた。嘘だろう。道はひとつだけだ。追い抜いて行くほか浜辺からいなくなる術はない。
そうか、静と若丸は幽霊だったのか。もしくは妖か。普通と違う気を纏っていた理由に納得がいく。けど、なぜ気づかなかったのだろう。いつもなら、幽霊と人との区別がすぐにわかるのに。
そう思った瞬間に冷たい風が身体を包み込むようにして通り過ぎていった。さっきまでそんなに寒くなかったのに。若丸と静がいたから寒くなかったのだろうか。温かい気を纏う幽霊なんているのだろうか。妖ならありえるか。
最初のコメントを投稿しよう!