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「義経の記憶とともに、現実に現れてしまったようだな」
そんなことがあるのか。
大翔の傷痕にそっと手を触れると呻き声をあげた。痛いのか。顔も歪めている。
「その子供を起こせ。きっと夢を見ておる。義経が切腹する夢をな」
狛犬の言葉に頷き大翔に呼びかける。身体も揺すった。
「大翔、ほら目を開けろ」
何度呼びかけても目を覚まさない。
「やはり、寝ているというわけじゃなさそうだな。混沌の闇に落ち込んでしまっているのかもしれぬ。その子供を拝殿の前に連れて行け」
拝殿の前に。狛犬を見遣ると「神様が手を貸してくれるそうだ」と話した。
神様が。大翔のために。
大翔はそんなにも神様に愛されているというのか。こんなこと普通はありえないはずだ。
「早くしろ」
狛犬に怒鳴られて卓史は大翔を抱え直して拝殿へと駆けた。相当揺れているにもかかわらず大翔が目を開けることはなかった。
拝殿前の賽銭箱に大翔を乗せた。なんとなく神様がそうしろと伝えたように思えた。言葉ははっきりしないが感覚的に通じるものがある。
「お願いします。大翔を助けてください」
卓史は目を閉じて手を合わせた。腹の傷が色濃く浮き上がっている気がした。なぜ、こんなことに。静はどうした。若丸はどうした。すぐに目を覚ますはずじゃなかったのか。守ってくれるのではなかったのか。卓史の思いが通じたのかいつの間にか隣に静がおり大翔の腹に手を翳していた。足元では若丸がなぜか腹鼓を打っていた。この音、あのときの。これで大翔は助かるのだろうか。というか本当に狸だったのか。今は完全に狸の姿をしている。
卓史も静を真似て大翔の腹に手を翳してみた。自分にパワーがあるかわからないが、何もやらないよりはマシな気がした。その刹那、大翔の身体を淡い黄色みがかった光が包み込んだ。傷痕も薄れていく。若干、赤く薄い線があるようだが大丈夫そうだ。
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