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「おはよう、おじちゃん」
「おお」
大翔の天使のような笑みに思わず頬が緩む。いつもとわかりない大翔の姿に安堵する。夜中のことを覚えていないのだろうか。義経の悲痛な記憶も覚えていないのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。まだ五歳の子供だというのに気を使っているのだろう。
「卓史、どうしたの。難しい顔して」
「なんでもないよ」
「本当に。なんかわかったんじゃないの」
姉が下から覗き込むように見てくる。
鋭い指摘だ。苦笑いを浮かべて頭を掻く。きっと姉は誤魔化せないだろう。わかっているけど話して信じてくれるかどうか。卓史は話してしまおうと一瞬思ったが、大翔と話さないことに決めている。喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。ふと視線を感じて窓の外を見遣ると若丸が覗き込んでいた。大翔はまだ気がついていない。卓史は気づかれないように目であっちへ行けと合図をした。それなのに若丸は行こうとしない。手まで振っている。まったく何をしているのだか。
「あっ、狸さんだ」
しまった大翔に気づかれた。
んっ、『狸さん』って今言ったか。若丸ではなく、狸だと。そうか、大翔は犬の姿じゃないと若丸だと気づかないのか。
「大翔、何言っているの。狸なんかいないじゃない」
「えっ、そこにいるよ」
やっぱり姉には見えないのか。姉はこっちに視線をよこして「卓史には見えるの」と訊ねてきた。ここは素直に答えたほうがいいか。
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